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2015年09月27日

数。

数の持つ意味について考える。

あまりにも数字だけが先走りし
それに意味を上乗せする解説者や批評家たち。
そして、それを正当化しようとしている感じる。
数字を扱う者のモラルが非常に低下していると
感じるのは昨今非常に目立つ。
それは、東芝不適切会計、難民受け入れ問題などの
ニュースでわかると思う。

社会人になってからは、提出するものは
必ず、何かしら具体的な数字を入れろを
教わったが、それでも、数字をコントロールするのは
作成者であってそれが適した数であるかは
非常に判別が難しいことが多くさらに言えば
見逃してしまいがち。

数字=嘘をつかない
数字を扱う者=嘘をつく。もしくは自分の論理に適したように利用する。

巷で話題になった「数の論理」とか
難民受け入れ人数の発表に
受け入れ人数の多さ少なさを論じるのような報道など
数字に意味合いを上乗せし
その数字に意味のない正当性を増す報道に
正直嫌気をさす。
理由として、双方とも数を競いあっているのではないうえ
意味もなくその数字に正当性があるかのように
示すからである。


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2015年09月19日

スカウタ−募集

「スカウタ−募集」

しょうもないプレ−しかできない選手が集まる日本球界。
そのつまらなさから国民からもそっぽを向かれる。
万年ベンチに座り、状況を見ては野次を飛ばし
仲間にエ−ルを送る術を身に付け解雇されずに
重宝されている。
そのため、球界ル−ルによる戦力外通告は4年ごとと決められていることもあり非常に球界の新陳代謝は図れていない。
また、スカウティングできる方がいないのが原因で
注目できる強力選手を獲得できず、
それが、さらに国民に球界に対する興味を失わさせている。

苦肉の策で新陳代謝を図るためトライアウトを導入するも
甘い査定を下され、多くのポンコツ選手が再度球界に再登板。

さらにドラフトにかかる素材がいないのが難点。
ポッと出の素材には厳しい野次が飛ぶ。
マイナンバ−610つけた新人選手は、暴言を吐き
所属先がない状態に。 

そんな中、旧態依然の球界に新しくSEALD´Sという名の
球団を作り編入しようとするが、その前に球界の壁が大きく立ち広がる。

球場は閑古鳥の鳴き声が聞こえるほど少ない。
しかし、球界のドンが大鉈を奮う。
球界のタブ−を破る挑戦に出た。
もともと海外遠征を禁止してきたル−ルだったが
ル−ル上の解釈を変え選抜チ−ムを編成し海外遠征へ
行けるようにした。これにより敵地にて外国人チ−ム
と戦うことを可能にした。

いまのところ、海外遠征もしくは親交の深いアメリカ選抜の
応援遠征するという発表はないが
海外から、特にスコアを改ざんするのが得意な中国選抜、
何かとクレ−ムを付ける韓国選抜、
そしてテポドンという長距離バッタ−を擁する北朝鮮選抜
から対戦希望が届いている。

これから、球界を盛り上げつつも
厳しい目を持ったスカウタ−が必要となる。
それが、自分たちである。
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2015年09月17日

ドローンと報道

緊急時のドローンの利用と報道ヘリの利用について
ルールと規制を定めたほうが良いと考える。

昨今、ドローンを利用した危険な行動によって
航空ルールが定められたが、使う場所と利用目的の
適材適所を検討し再度ルール見直しをしてもらいたい。

というのも、先週起きた鬼怒川決壊による被害を
報道各社が必死になりヘリからの生中継を含め
情報を流した。 
しかし、上空には自衛隊ヘリがありそのさらに上空に
報道各社のヘリが飛んでいたという。 
自衛隊ヘリにとっては、非常に救出作業の邪魔で
接触という危険にも晒される。救出どころではなくなって
しまい本末転倒である。 
さらに言えば、一回ヘリ飛ばすのにいくらかかるのか
知らないが相当な金額が動くはずである。
情報や画像を得るのに報道各社がしのぎを削るのではなく
共有という形で情報を得ることができないのかと考える。
救命第一であり、報道はその次である。
報道が救命を邪魔しているとなっては全く意味がない。
しかし、ここでドローンを活用できないかと考える。
コスト面、安全面を含めさらなる改善は必要であることは
承知するが救命第一に考えば非常に有効な手段である。
さらに、取り残されている被害者たちに言葉をかけれる
ような双方向コミュニケーションができるようになれば
勇気つけれることも可能であり、緊急災害用の一つのツールとして
利用できるのではないか?

だからこそ、適材適所を考慮したうえで
再度航空ルールを見直してほしい。

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危惧する。

シリア難民受け入れでヨーロッパで足並みが揃わないなか
ヨーロッパを牽引するドイツのメルケル首相の判断に
国際社会が大きく反応した。
難民を年間50万人の受け入れを表明したこともあり
多くの難民がドイツを目指すようになり
EU内にて分割してヨーロッパへ振り分ける案が出ているが
非常に難しい問題となってきている。
ドイツが受け入れを表明したのもつかの間、
ハンガリーやオーストリア国境を通じて流入する難民に対して
受け入れ移設の限界に達したことにより入国制限を行うという。
それに伴いハンガリーやオーストリアに一時的に滞在することなり
双方にとっても頭の痛い対応となる。

時期尚早と言えるのだが、一番危惧するのは
イスラム教の分布範囲の広範囲化に伴う軋轢と差別。
この難民受け入れについて、当初は入国審査をせず
受け入れていたため、どのような宗教価値、宗教モラルを持った方かは
分からない。いわゆる過激派なのか穏健派なのか、シーア派なのかスンニ派なのか
同じ施設に両派が入り混じる形となることで何か起こるのではないかと危惧してしまう。
それが、今すぐに何かが起こるということではなく今後5年、10年というスパンで
住む場所がシーア派とスンニ派に分かれお互いがお互いを
理解できない構図へと変貌するのではないか? それに伴い現地に住む住民との
衝突や差別が広がっていくのではないかと個人的に心配する。

どういう結果となろうと歴史的に大きな転換期に来ているはずである
先のギリシャ問題によるEUの金融問題、そしてこの難民受け入れによる政治的問題で
EUは分断する可能性を秘めており、爆弾を抱えた形となったのではないか
難しい舵取りを強いられたことは言うまでもない。 


posted by コビータ at 01:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月06日

あくまで


「写真」「日本の土壌」「言葉」の3点から
今回の世論が動いた、動いている難民問題について
考えてみたい。

僕には大事にしている言葉がある。
普段から常にそれを意識しているかと言えば
それは嘘になる。しかし、要所要所ではその言葉を復唱し
意識して自分に問いかけることがある。
これは、様々な媒体で言われている言葉であり
有名な経営者が語った言葉であったりもする。そのため
決して難しい言葉ではなく誰かが日常から既に行っていることでもある。
「神は細部に宿る」BY元日本代表監督、現FC今治オーナー岡田武史氏が語った言葉
さらに、フォトジャーナリスム雑誌DAYSJAPANの表紙に小さく載っている
「たった一枚の写真が国家を動かすことがある」

特にこの言葉「たった一枚」「細部」っていう普段あまり気にしない
部分に目を向けることがその後多大な影響を個人としても社会にしても
与える可能性がある。それは、ほんと些細な事でもあり重要な事でもある。

シリアから逃れようとギリシャに向けて出発した20人乗りのボートが
強い波に遭い転覆しギリシャ沿岸に打ち付けられる亡くなった子供のたった一枚の写真が
SNSを通じ拡散し多いに影響を与えた、そして与えている。
今まで難民受け入れに難色を示し批判的であった先進国
特にヨーロッパに受け入れを認めさせるある一定の光が差し込み、
ヨーロッパ各国にその判断の是非を問い質す結果となるだろう。

http://jp.wsj.com/articles/SB12096842380967064583604581211692551093796

難民移民受け入れを国際社会から求められている日本では
今回の件についてどのように報道されているのか理解できないが
それでも現在難民受け入れを求めて滞在している外国人の方が
多数いるのは事実である。しかしながら、それについて報道されることは
あまりなく僕を含む大方の日本人は知らないはず。
国際社会からのプレッシャーを含め国際貢献という名のもとに
難民を含む移民受け入れに政府が舵をとるのか疑問に思う。
というのも、今後の日本は人口減少が著しく進むことが
分かっておりそれに伴い労働人口減少により生産性を維持、向上できないと
随分前から言われている。そのため、労働人口を増やすには
移民を受け入れ生産性維持、向上のために不足分をそれに充てなければいけない時期が
すぐそこにやってきている。しかしながら、その事については政府の動きは緩慢である
言わざるをえない。 

そもそも、移民を受け入れるだけの土壌がないこと
さらに単一民族でいたい事が理由として挙がるのではないかと
推測する。 
もともと島国であり鎖国も行ったりと異文化受け入れを積極的に取り入れてきたかと
言われれば答えはNOではないか(一部受け入れあり)

もっと言えば、それは「言葉」に凝縮されているのではないか?
普段何気なく僕たちは外国人のことを略して「外人」と言う。そとのひとがあるのであれば
「内人」うちのひともあってもおかしくはないだろう。
しかし、そのような言葉は実際にはない、もしくはないだろう。
普段気にしないが意外とグレーゾーン好きな日本人であるものの
内と外とに線を引き、2極化し「内人」は良い、好ましい
「外人」、略しであるがよそ者としての差別的とまでは言えないものの
差異がある発言に捉えることもできる。さらに戦争に負け数十年間もの間
アメリカに占領されてきたことから外国人=外人(よそもの)=独裁者
みたいな悪いイメージ、劣等感を感じる構図が無意識のうちに刷り込まれているのかもしれない。 

さらに「難民」という言葉は非常にマイナスイメージを備えており
言葉の如く扱いかいが難しい人達の集団ではないかと「言葉」から
判断してしまう。 日本人にとって「外人」であり「難民」である方を
国際社会への貢献という名のもとに人口減少問題と重ねても
英語ができないとか外国語ができないレッテルを持っている日本人にとって
無意識に彼らへの接触を拒みそのような土壌が育まれている中
彼らが本当に住めるのか?

本音では、受「難民」受け入れ難い民であり、無「難民」問題を起こさない民であって
欲しいと願っている。上記に述べた土壌の中で彼らは日本人にとって
有「難民」有難い民となっていけるのか心配である。 
posted by コビータ at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月30日

ボイス

最近、携帯がスマホになってからというもの
ラジオを聴くようになった。それは、会社同僚が
朝、ラジオを聴きながら会社に向かっているということを
本人から聞いて特に時事問題にそのラジオのおかげか?
凄く精通するようになってきたのが主な理由である。

僕も同様に時事問題を扱うラジオということで
GOOGLEPLAYからアプリを探して目に付いたのが
「ザボイスそこまで言うか」というアプリ。
http://www.1242.com/program/voice/

コメンテーターが日替わりでその日にあったことを
議論したりする番組である。番組に興味をもったのは
そのコメンテーターたちである。
月曜日は勝谷誠彦氏、火曜日は宮崎哲弥氏、水曜日は有本香氏そして木曜日は青山繁晴氏。
ぶっちゃけ一癖も二癖もあるコメンテーター、評論家であるが
「はっきりとものを言う」ことが非常に好感を覚える。
評論家だけにそれが出来ないのは仕事を無くすことを意味することで
当たり前のように思うかもしれない。しかし、それには非常にリスクが
取り巻いているはずである。特に有名になればなるほど
その発言には非常に重みを増すことから様々な方面からの
批判、暴言をも受けるはずである。 さらに言えばSNSが発達しているこのご時世
伝達は非常に早く進みあっという間に批判は大挙となして攻めてくる。
そんな中、番組を聞いている方はわかると思うが
経験、知識、人脈から得られる情報を「はっきり」とあと惜しげもなく言ってしまう
彼らの姿勢には圧倒される。 

現在、安保法案の是非について番組でも取り上げられるのだが
詳細を知らされていない点が非常に目立つ。その理由として
集団的自衛権の行使の是非が問われ、そこにフォーカスされ
安全保障法案という大きな枠組みの中身の内容がさっぱり
報道されなくこちら側に情報が入ってこない。
集団的自衛権が大きなメインテーマになるだろうが
そこに目を向けている以上、その裏で本来さらに議論しなくては
行けないポイントがあるだろうが なぜそこにフォーカスしないのか
非常に理解できない。
さらにメディアによって出来上がった構図と議会での討論によって
安全保障法案=集団自衛権の是非=戦争へ導く可能性有=戦争法案と
構図を作ってしまったのではないかと考える。

安全保障法案に対して日に日に反対デモ勢力が大きくなっているように
思える。 しかし、先日の放送で安倍首相が直接番組に参加して
コメントしたことや民主党長島衆議院議員のコメントしたことが
しっくりとする。 それは、現実問題として
日本の常識、世界的、国際的な常識から理解できない国が
日本の周りを取り巻いており「チカラによる現状変更と脅威」を行っている
今、チカラによる抑止力は必要になってきているはずである。
集団的自衛権の賛否より、日本を取り巻く国際社会の状況を考えてみると
賛成反対ではなく必要か不必要かの判断基準で物事を進めていかなければならない。
集団的自衛権の是非はあとにしても、安全保障については
真剣に議論して国会で承認を得ていかないと非常に厳しい立場に追い込まれてしまう。
だからこそ、集団的自衛権を別枠で議論を行い
それ以外のポイントを国民に見せる形で議論を行い
法案を可決して進めてもらいたい。



posted by コビータ at 09:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月23日

中国って

中国元の利下げを行い世界に影響を与え
それに伴い、ドル高がより一層進み始めている。
特に9月、もしくは12月には
アメリカのFRBによる利上げが行われるのではないかと
推測されており、それにより今まで新興国へ投資していた
投資家がアメリカ国内へ目を向け始めるだろう。
そのため、新興国からはドルが海外へと流れていき
対ドルの自国通貨が安くなっていってしまう。
それにより、ドル建てでの債券は非常に返済に苦しむことと
なる。

先日、天津港付近で起きた化学薬品が納められている工場から大爆発。
中国政府が情報を統制しているため、正確な情報が掴めていない。
しかし、未だはっきりとした原因を把握できていない状況に
世界は驚きを隠せない。 許容範囲を超えて保管していただの
水と反応すると爆発するような化学薬品に
火災を止めようと果敢に現場に近づき水を放ち
それが原因で火に油を注ぐように爆発を誘導させた消防士の知識、経験不足。
さらに、今さっきニュースがあり違う場所で化学工場にて爆発があったと

モラルやモラルハザードが低い国が世界を大きく変えるだけの
チカラを持つこと自体、あってはならないこと。
以前、中国へ出張したことのあるかたに聞いたところによると
経済は成長しているが人々の価値観やモラルは日本と比較すると
10年、20年ともいえるほど遅れているらしい。 
その人だけが感じたことだとその当時は
思っていたものの今回のことでそれを露呈させてしまった感は否めない。

日本政府が発表した戦後70年談話に対しての批判的コメントについて
個人的には戦時中日本が行ってきた領土を占領することを
そのまま今の時代に行っている国が批判的コメントを出すこと自体
理解に苦しむ。自国の勝手な解釈により南シナ海に領土を作りそこに
軍基地を設置すること、約束を反故し油田開発を進めるあたり
常識、国際的な常識の通じない国(中国、北朝鮮、韓国)が日本の周りにある以上
安保法案を通過させようとする勢いはより増すだろう。
その安保法案に対しても批判のコメントを出す自国の行動を顧みず
他国を支配しようとする図々しさ。 世界からドンドン嫌われる国になるだろう

posted by コビータ at 08:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月16日

終戦って

終戦記念日が今年もやってきた。
しかし、残念ながら今まで僕個人として
あまり何も意識もなく感じず過ごしてきた。
それは、戦争当事者でもなく戦争体験者が
身内にいなかった(いただろうが話す機会がなかった)
ことが一つの理由である。
正直、何が起きたのかそしてどんな残虐な事を日本が犯したのか
全く分からないし教科書で学んだのもホンの数ページだけであったと
記憶する。さらに試験のための勉強であったため
必要な情報特に日付や誰が何を行ったかしか頭に入れず
授業を受けた。その背後に何が起こり時代背景を理解することや
より深く勉強することをしてこなかった。

だからこそ僕個人では、終戦記念日=8月15日=お盆=夏休みの中の一日
という構図が生まれ何か特別な日という意識が働いたことはない
それは、今でも不変的な感覚である。さらに言えば今現在メキシコにいるため
それはより顕著である。
しかし、今年は戦後70年ということもあり安倍政権が70周年を記念して
政府公式談話を出すとか安保法案可決などもあったため
海外からも特に中国、韓国からこの談話について注目を集めていた。

今現在、その発表した談話の是非が問われているが
使われているコトバが適していないだとか
首相個人のコトバで語られていないとか
さまざまな批判的なコメントもある。
しかし、何を基準に批判し称賛するのか
その基準となるものは我々,特に僕個人は持っていない。
その理由は、勉強していない。恥かしながら知らないからである。

戦争についてもそうだが、戦前、戦中、戦後について
日本政府として反省してきた部分もあるが韓国、中国など被害を受けた側の
感情は全く僕たちには理解できない部分まで奥深く刻まれている。
しかし、アメリカから受けた唯一の核被害国として
彼らの心情も日本人として理解できると僕個人として思う。
それは核に関しては完全な被害者であるという見解を持っているからである。
一方でアジアに対しては加害者という微妙な立場であるため
核による被害を大にして言えない部分もあるのも事実。
ただ、核被害者であることからアジア各国の心情をより理解し
ドイツのように戦後70年経っても反省をヨーロッパ各国へ示し続けて
いるように中国や韓国へ反省を示していくべきかと考える。

談話の内容や使われたコトバうんぬんより
それを判断できるだけの土台を今からでも
早急に作り上げることが大事になってくるだろう
学校での学科として、小中学校から勉強し戦争について
自分で答えを出す方法で授業を行ってもらえたら
と個人的に思う。



posted by コビータ at 09:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月09日

コトバ

「言霊」、言葉のチカラっていうのを改めて感じさせてくれた。
正直なところでは、言葉、特に漢字の成り立ちから
くる言葉、字の意味を理解することで普段何気なく
書いたり、発したり、使っている字を深い説得力を
持って幅を利かせることができること。
それが「コトバ」である。

「言葉」の葉は、四季を通じ色を変えつつ形を変えつつ再生する
それは、自分が発したことが何れどのような形でも自分に
降りかかってくること示す。
だからこそ、ネガティブな言葉ではなく
ポジティブな言葉を使うことで
状況は変わる。

「命」という漢字を使う言葉は多々ある。
人は、生まれたときに名前を親から
命名される。 名前に命を吹き込む。
人生には「運命」があり
「運命」の中にはやらなければいけない宿題がある
それを「宿命」という。
その「宿命」に対し命を使い果たして臨むことを
「使命」という。
この3つを行ったうえで「寿命」というおめでたいという意味に。
いわゆるこの3つのことを行うことによって「人生を全うする」という
意味になるという解釈。

人生に苦しい事や困る事さらに災いが起きる。
それ自体非常に対応に難しさを感じているはず。
それを人は、「苦難」、「困難」、「災難」と言う。
しかし、このような事がないことを「難しい」ことが無いことを
僕たちは「無難」という。 
しかし、無難な人生には一見幸せそうに見えるけど
生きていく過程、段階で何も起こらない。あっという間に
時間も人生も進んでいく道のりだろう。

そこで、先人は上記に示した言葉「苦難」、「困難」、「災難」ということが
「有る」人生を「有」「難」という示した。「有難う」。
このような苦難、困難があることで何かを学び、学びなさいという風に
漢字に「有難う」と当てはめた。

漢字の本来の意味や成り立ちを理解し
発することがコトバの深みを増し
そして、それを使う人間の深みをも増すものと
捉えることができるのではないか




posted by コビータ at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月27日

こんな

冷房のかかったバスに乗っている最中に
ふと自分の人生とメキシコにいる関係性を
説明するによい例えを思いついた。

「ゴールデンウイークの高速道路とショートカット」

社会という道を歩んでいると
それぞれ凄い才能や経験を持った
者たちが道路に溢れ、せっせと歩み
続けている。それは、道一杯に広がっており
その間を抜けるように「世渡り上手」という
言葉のようにすっと人より前へ進んでいく。
ある付近では、壁のように強固なものに
歩みを妨げられモガきながら死苦八苦している。
さらには、語学留学、留学という飛び道具を利用し
道路脇をすーと楽して前へと進める人も
ほんと様々な方々がこの社会という「道」を
歩んでいる。 

その点、怪我の功名というのか僕は「この先何キロ先渋滞です」という
自分で危機を回避しようと手前の出口でその「道」を降り
国道や県道を利用し高速道路を上に見ながら
進むべき方向を確認し前へ進む。 
しかし、自分では高速道路を上に見ながら進むも
国道や県道は信号があったり、高速道路沿いとはいえ
まっすぐではないためあちこちで右折や左折を繰り返さなくては
いけなくいつの間にか全く違う場所へと
歩を進めやっとの思いでのった高速は全く別方向へ行く高速で
反対車線を見ると同様に物凄い渋滞に巻き込まれており
出口の看板もなく乗った以上進むしかない状態へ追い込まれてしまった。
そして、たまたま立ち寄ったサービスエリアで
面白いものを発見してしまった。
こんな感じが今でもメキシコにいる理由ではないのか




posted by コビータ at 09:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月20日

プロセス

衆議院を強行採決によって突破した安全保障法案
参議院にてどのような審議があるのか分からないものの
確実に法案成立への道のりを歩き始めた。
それに伴い、法案への反対を訴える市民や団体が各地方にて
集まり法案廃止を叫んでいる。 

その一方、責任の所在が曖昧であることを露呈した
新国立競技場建設計画について首相の「鶴の一声」で
計画を白紙に戻すという決断を下す。

あまりにも政府への風当たりが強いため
火消し役となり計画白紙と公言したのだろうと
言われている。 
ここで、疑問なのは建設計画を白紙に戻すことが
出来るのであれば、安全保障法案も同様に
白紙に戻すことが良いのではないだろうか?
首相自身が「国民の理解が得られているとは感じない」と
言っている点から「何故、そんなに強行に採決へと
踏み切るのか」が国民から第3者からみても理解に苦しむ。
急いで結論出す必要があるのかも疑問に感じる。

個人的な意見として結果かどうあれ
それに至るプロセスが筋が通っていない
現状には嫌気を差してしまうし
独断でドンドン決定していくところと
してはいけない点のポイントが
客観的にみるとズレているのかと感じる。
もちろん高度な政治駆け引きをアメリカや
中国を含めて行っているだろうが
やはり、国民にとっては明確な透明性のある
国民投票とかを行い、違憲合憲っていう
意味もない論議に時間と国民のお金をかけるのであれば
憲法改正に真正面からぶつかっていくことが
良いのではないのか。 

 
posted by コビータ at 05:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月12日

疑問

最近思うのが、「変えても良いこと」と「変えてはならないこと」
の判断が個人的にできない、それとも大局的に見て出来ないのか
クエスチョンマークの疑問符が何個も頭を過る。

というのも、新国立競技場建設におけるデザイン変更と
建設費用の高騰と安全保障についての憲法解釈によって
集団的自衛を認めるのかっという2点について冒頭に述べた
「変えても良いこと」と「変えてはならないこと」が
全く持って反対の判断を下そう(下している)としている。

特に約2500億円にも及ぶ建設費用がかかる国立競技場については
先ずは、オリンピックを行う以前に新しく大きな箱を
作る必要はあるのか?更にはオリンピック後の活用方法を
視野に入れての判断だったのか?さらに当初発表していた建設費用
が材料費、人件費高騰により倍以上もなりイラン人建築家によるデザインに
なぜ、そんなに拘るのか?理解に苦しむ。
もし日本が原油産油国であるならば簡単にポンっと
出せる金額かもしれない。 しかし、そうではない以上
現実的な判断を問うことがただ、単に大きな立派な箱だけ残し
国民に税金を払ってもらう仕組みから脱することに繋がるはず。
それだけに身の丈にあった経営運営をしてもらいたい。
ツケを食うのは、国民であるから。世界的建築家である
安藤氏はなぜ有識者会議に参加しなかったのか?そこにも
疑問がある。

安全保障の会議では憲法解釈をもとに集団的自衛権を認めるように
するにはあまりに強引であり独りよがりであると感じる。
では、なぜ真正面から憲法改正へ働きかけないのか?
それは、反対されることがわかっているからこそ
その方法では出来ないと判断しているのだろう。
しかし、解釈によって変更可となれば本来の憲法の意味が
消え新たな意味が付け加えられることになる。
これも、根本的な部分で「変えても良いこと」と「変えてはならないこと」の
の判断が違う。

今後、どうなっていくのであろう?
中国、アメリカ、ロシアなどのパワーバランスによる
大局的判断を含め、憲法解釈、オリンピック
経済発展、消費税10%




では









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2015年07月06日

プライド

良くも悪くも自己愛、自国愛が強い。 
なぜ、そこにそんなイラないプライドを持つのか
理解に苦しむことがある。
それがTRUMP氏の発言から感じられた。

メキシコやラテンアメリカを巻き込んである発言について物議を醸している。
発端はアメリカ人実業家TRUMP氏の人種差別発言である。
アメリカへ来る移民、不法移民に対しての彼のコメントが
アメリカに悪影響を及ぼす方が多々いると発言し
あたかもそれがメキシコ人であるっという風に捉えられてしまっている。

彼は共和党から立候補し次期大統領を狙う権力者である。
そのため多大な影響力を持っているとはいえ
彼、個人的な意見である。いわゆる他人事である。

自分の家族に対して発せられた言葉ではない。
にもかかわらず自国愛が原因か自分事と捉えてしまっており
TELCELの代表者であり世界の富豪のひとりカルロススリム氏は
敏感に反応しTRUMP氏が持っている会社との契約をキャンセルする。

僕個人的な意見として、発した言動の内容と発した人物が
影響力をもっていたとしてもあくまでその人の意見であり
その発言が自分の身、家族に多大な影響を及ぼすのであれば
自分事と捉えそれなりの対応をするが、一個人の意見
今は、まだ立候補者である彼の意見はあくまで他人事。何をいわれようが他人事。

そんな事にプライドを持って反応するのであれば
他にもっとプライドを持って行うことあるんちゃう?っと
思ってしまうのは僕だけだろうか?
posted by コビータ at 07:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月05日

らしさ

現役時代の体に戻るぞ!っと息吹いていたのは
何処へ?相変わらずブヨブヨの体がさらにブヨブヨへ

本当に継続することが出来なくなってきた
それは、年齢を重ねるにつれて出来なくなっていくのか
それともただ単に行為に対する思いが低いのか
自分に弱くなってきており、前進、成長している感がないのが
正直な感想である。
向上心がないのだろうか?それとも時代の流れに
流されてしまっているのか? 

以前は、どのように努力をし継続していったのか
振り返ってみると心で思っている事、感じている事が
根本にあった。それは、「上手くなりたい」。 ただこれだけのために
キツいフィジカルを行ったり、試合をこなしていた。
今でいえば、「40代をがっちりとした筋肉質な身体で迎えたい」。
しかし、それを心底思っているかというと
比較すると全くレベルが違う。 それが、結果となって今の自分を形成してしまっている。

だからこそ、行う事以上に想うことが非常に大きいハ−ドルである。
しかしながら、「想う事>行う事」、「想う事<行う事」ではなく
「想う事=行う事」のように気持ちと行動を対にして
言動を発し、行動を伴っていきたい。 
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2015年06月27日

点検

今年も半年が過ぎ、7月に入る。
恒例の定期点検。

英語は、6月末にて
ビジネス英語の講座に引き続き
TOEFL対策講座を受講していたが
それも終了した。
継続して授業を受けたことは
良いが目的がはっきりと定められなく
先生の勧めによってズルズルと
受講してしまった。そのため休みがちに
なり結局勉強になったのは
ESSEY、 論文っていうか
お題に対して個人の意見を提示し
その意見を補足する2,3つの
理由を述べさらに結論を述べる
ことが一番勉強になった。 
7月からは、インターネットにて継続的に
勉強しつつも週末は今まで習ったこと
特にビジネス英語に関しては復習をしていく。

スペイン語。
DELE対策をダウンロードし
目を通したまでは良かったが
それで終わってしまった。 
10月、11月の試験を目指して
試験対策だけでなく日ごろから記事を
読んで自分の意見を下記記すことを
行う。 
先ずはDELE B2合格する。

写真
なんとか個展まで辿りついた。
6月中旬から1ヶ月間 GALERIA GARROSにて
個展を開く事が出来た。 
自分の枠を広げさせてくれたメキシコ写真家
FEDERICO GAMAにも来てもらって評価してもらい
有り難い言葉を貰った。 さらに現在行っている
フィエスタ、カーニバルの写真集を作ったらどうだ?
っという提案を受け現在少しずつ進みだそうとしている。

引き続きフィエスタがある際は、その町を訪ね
ダンサー、マスク、町の雰囲気、フィエスタの雰囲気を
撮り続けていく。 出来る限り多くの街に足を運ぶつもりだが
残り半年で10箇所は最低回る。

減量。

自分に負けてしまった。
9時以降に食事をしないなど
行っていたものの、夜の食事の
誘いの誘惑に負けダラダラと
なっていってしまった。 
特に金曜日の夜をどう乗り越えるか
がポイントに。さらに平日も
家に帰ってやることを書きしめしておく。

英語の授業が終わったこともあり
朝の時間をジョギングに充てて
減量を図る。 目標体重65キロ(現役時)
朝6時から1時間走り筋トレを行う。
さらに、マラソンやその他競技に参加してみる。
飲み物は、炭酸水を飲み満腹感を味わい
食事の量を落とす。



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2015年06月22日

僕にとって

昨日、僕に写真に関して、ある撮影方法を通じて面白さや
メキシコにてポイントとなる行事の存在を教えてくれた
メキシコ人フォトグラファー、FEDERICO GAMAに今回行っている
展示会を見てもらった。 

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本当は写真、ジャーナリズムを教える場を
提供しているジャーナリストである彼の奥さんに
写真を展示できるスペースはないかを
確認するために訪ねたのがきっかけで
彼らが住んでいる場所から展示会が行われている場所は
非常に近いため一緒に見にいくかという話となり
彼らが足を運んでくれることになった。

僕が気づかなったことなどを彼の視点から
説明してもらい最後には有り難い言葉を
もらった。 

しかし、今回のブログで書きたいことは
彼の奥さんから発せられた質問。
「Por Qué sigue tomando la foto?」
なぜ、写真を撮り続けているの?という
単純でとてもシンプルな質問に対して
明確な言葉が出てこなかった。
その場では、思いついた言葉を重ね、繋ぎ合わせ
理由として語ったものの
それから、改めて考えてみた。

メキシコ文化に非常に興味があること以外に
メキシコとは何?メキシコ文化とは何?メキシコ人とは何?
に対して、自分の価値観、考えを反映しつつも
具体的かつ確固としてそれを語れるだけの単語、フレーズがなく
それを探している。
現在撮っているお祭りやカーニバルの写真も
それはひとつの断片でありつつも
メキシコを語るうえで根本に通じる部分に向かって
掘り続ける作業と言ってもよいのではないかと思っている。

さらに「写真」とは何?と尋ねられ僕が答えとして
持っているのは「声」。
僕は、中学、高校時代、家庭環境から
自分の感情を押し込めることで生活を過ごしてきたこともあり
自分を表現することが出来ず、黙ることが多い。
それは、今でも続いている。
矛盾しているが、スペイン語を学びメキシコに来ても
母国語である日本語でも話すことが非常に苦手であるため
人に伝えることが容易に出来ない。
そのため、ボリュームとか届くかどうかは別にして
自分の視点で切り取った画を自分の「声」として捉えている。
その「声」を存在価値あるものへと変えていく
作業を行っている。










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2015年06月15日

意外。

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無事、写真展初日を終えた。
様々な方に足を運んでもらい
本当に感謝している。

今回は、準備段階で遅れがあり
結果的に前回行ったときよりも
人があまり入らなかった。
というのも宣伝用ポスターなどが
事前に作成できず、当日になって
やっと渡すことが出来たので
その点も足を運ぶことができなかった
要因のひとつじゃないかなっと感じている。
さらに、時期も最適でなかった点も見逃せない。
この6月は雨季の時期で夕方17時ごろとなると
雨が激しく降る時間帯であることも
人間心理的にあまり外に出たくない感情が出たのかもしれない
想像すればいくらでも要因は出てくるだろうが
それでも、初日としては非常に少ない人数の方が
来られたのは正直意外だった。

今回の事も含め、場所、時期、時間そして宣伝方法に
ついても反省し今後に生かしていきたい。
ま、まだ1ヶ月間あるのでその間に多くの方が
足を運んでコメントを残しておいて欲しい
それを見にいくのが楽しみ。 

さあ、次のプロジェクトに向けて頑張ろう

posted by コビータ at 03:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月31日

個展

6月13日(土曜日)17時より
GALERIA GARROSにて個展を開くことになりました
たくさんの方に足を運んでいただいて
楽しんでもらえたらと思ってます。

住所は、CHIHUAHUA 131-1 COL.ROMA NORTE MEXICO.D.F

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テーマは、「自分」

ここ2,3年かけてメキシコ各地方へお祭りやカーニバルの写真を
撮りつづけており、約40ヶ所以上は回っている中で一番奇抜な仮面、衣装を
身にまとった方が参加していたあるお祭りの写真が20点展示されます。

しかし、お祭りの奇抜さだけでなくテーマにもある「自分」というのは
メキシコは古くから祭り以外にもマスク(仮面)を被る習慣がある。
その代表がルチャリーブレ(プロレス)。 そして、僕が足しげく通う
お祭りも同様にマスク(仮面)を被り、伝統的な衣装を身に纏い踊り
神に対して感謝を示す。 その中でマスクをつけるという行為の意味を
問いたときに マスクは漢字で(強引ではあるが)魔素食とも書けるのではないか?
お祭りだからどうではなく、マスクをつけることにより
自分を他者からの攻撃から、さらには社会からの攻撃から身を守ったり、
逆に自分を大きく見せようとしたり自分の変身願望を表現したりと
その生活環境、家庭環境、社会環境から自分の現在地を教えてくれるのではないかと
感じたからである。 それは、性悪説のように他者や社会を恐れ
自分を表現する場がない世界を表しているのではないかと

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2015年05月24日

判断。

正直、残念な結果となったのが大阪都構想否決という判断。 僅かな票差ではあったが反対票が賛成票をうわまり、投票以前から否決されたら政界から引退することを述べていた通り会見でハッキリとそのことについても述べられた。 
ケジメをつけるという意味では、有権者には納得いくカタチであり、言動と行動が一致した政治家としてのある姿を示してくれたんじゃないかな。
しかし、逆に言えばそういう政治家を安易に
引退させてよいのかと感じるのは僕だけじゃないだろう。 
もっと要らない政治家は多々いるはず。
選挙の結果は、大阪市民ではないため
今後どのような変化があるのか分からない。
しかし、この政治家ほど熱をいれて
様々な問題を提起したり、解決に取り込できた方を
やすやすと政界と切り離していいのかと感じてしまう。ここには、人間のエゴが見え隠れしてしまう。彼が政界に進出した時期は、リーマンショックが起きた2007,8年頃だったはず。景気は下降していき
人々は、この世界規模で広まる景気減退を打開してくれそうなある意味ヒーロー的存在を望んでいたのかもしれない。そこに彼のハッキリとモノを言う今までと違うと感じさせる政治家が現れた。
ハッキリと言う点では、後に大きな問題を引き起こすことになるのだが、大きく変えようとする姿勢はニュースからしか情報を得られなかったものの
いち、一人の人間としても感じられた。
しかし、大きく変えようとすれば、その副作用として大きな反発を生むのも事実である。
次第に、その彼の発言に嫌気をさすものも
多くなっていったのは間違いない。
今回の都構想否決という結果は、彼に対する嫌気さ、
構想自体のメリットとデメリットの説明不足もあるが
そこに、アベノミクスによる景気回復傾向に
日本があった事が大きく影響したということもあるだろう。約8年前に政界に進出した時には、ヒーロー的存在を望んでいた住民も、経済が上向き出したらソッポを向くというか、改革、変化を望まない心理が働き
変化の必要性にブレーキをかけてしまった。

12月までの任期を全うして政界を引退するため
次の大阪市長選は非常に興味深く、市民が誰を選ぶのだろうか今から楽しみにしている。そして、その時期の日本経済がどのように変化しているのかも選挙に与える影響として注目していきたい。

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2015年05月17日

決定。

あんまり納得のいく印刷技術ではないものの
時間との関係で今回初めて印刷を依頼した
業者に個展で使用する写真を印刷を改めてお願いしてきた。
印刷した上にTEXTURA LINOという加工を施し
展示する際は、額にガラスを取り付けない方法を行っており
今まで見てきた展示会にはない方法である。
この方法は、絵画などに利用されるものではないかと
理解している。 方法も良いが肝心の印刷技術が
期待していたのと若干違っていたため、時間と手間を考えたものの
依頼をお願いした。

そのついでにギャラリーへ行きどのように展示するかなど
話して決めた。そして、日にちは6月13日から1ヶ月間展示されることに
出来るだけ多くの方に来てもらえると有り難い。
あとは、名前を覚えて帰ってもらいたいなあと個人的に思う。


posted by コビータ at 10:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする