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2016年02月22日

ふと

僕たちは盲目的に様々な指示や習慣(価値観)を
受け入れてきており、家庭や学校生活を送ってきている。
それは、あたかも当たり前のようにルール化してきており
それに従っているという感覚さえも持っていないのではないだろうか?
当然、疑うこともせず日々過ごしている。

社会に属する者としてルールや規則を守ることを第一に学校社会を過ごし
個人が社会生活に適用できるよう学びの場と化している。
特に上下関係の厳しい縦社会である日本において
目上の方を敬うことを非常に大事なルールとして持っており、
例え理不尽なことであってもそれに従うよう強要されることも多々ある。

僕個人として学校は「我慢」を学ぶ場と化し
ルールや規則にがんじがらめになりながら
生活を続けないといけない苦しさを味わう場でもあった。





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2016年02月21日

老い

パスポートを紛失(見当たらない)してから約3−4か月が経とうとしている。
しかしながら、申請するまでには至っていない。 
一応、書類など申請に必要な書類などは準備してはいるものの
面倒臭いと感じ後回しにしてしまっているのが現状である。

昨日、申請に必要な写真を撮ってもらいに
いつも降りる会社近くの地下鉄の駅から1つ先にある駅へ
行った。そこにはメキシコで働きはじめてから
ビザの更新のために写真を撮ってくれるほんと小さなお店が
ある。 
今回も同様に接客にあたった人当たりの優しいおばさんが
カメラを構えシャッターを切ってくれた。
しかし、5分ぐらい待って渡された写真を見てガックリ。
自分の老けさに驚く。 
目の下や口元の皺にビックリ。ひどく鮮明に自分の顔の
縦横無尽に駆け巡っていた。 
毎年ここでビザ申請のための写真を撮っていたので
そのたびに自分の顔が老いていく感覚を持っていたものの
今回は非常に酷く自分の顔じゃないっと思え
朝、顔を洗ったときにはこんな顔していたか?っと
自分で自分の顔を見る眼も老いてきたのかと感じるほど。

ただ、全体的に疲れているような顔になってきており
仕事中に撮影したからなのかどうかはわからないが
夜見る自分の顔と比較にならないほど変わっていた。

なんとか強引にでも若返りをしないとっと思い
伸びていた髪を切りに行き見た目を少し変えた
洗顔を全然していなかったこともあり
スーパーで洗顔クリームを購入しに行くも
見当たらない。 
顔だけではなく体も変えていかないと
と思い早速ジムへと足を運ぶ。
40代間近やから心身ともに良い状態で
40代を迎えたい。 
頑張ろう。

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2016年02月14日

属する

「無所属と闇」

人間は、何処かに属しながら生きている。
それは、案外気付いているようで気付いていない
ようなあまり意識したことがないこと。
「社会」「家族」「学校」「会社」「恋人」「チーム」などに属している。 
人は、生まれながら必ず何処かに属する
まずは、「家族」。ここから様々なグループに
属しながら個人として様々な経験と価値観を得ながら
成長していく。

しかし、無所属となると人は、どうなるのだろうか?
いわゆる「家族」、「チーム」,「会社」などから
無所属となったひとの行き先は何処へ?

今回、清原氏の薬物使用と所持による逮捕報道を
見て所属先を失う先は闇なのかっと考えてしまった。
乙武氏がスポーツライターだった際に清原氏に対し「非常に繊細な方でそれを見せないように
大きな態度や言動を行う方」というような印象を受けた
とコメントしたのを見て 本音を言いあえる仲間の中に
属せなかったのかな?っと感じてしまった。

「家族」「子供」「野球界」「芸能界」からも
属することを断られ、すがるものは闇の世界だったのか?
闇の世界に属することは、「社会」にも属さないことを
分からなかったのか疑問に思う。それだけ、無所属の先にある自分に不安であり、それを安らげてくれるのが
「麻薬」であったのか?
しかし、闇に属することなんて出来ない。
その世界は、弱肉強食であり弱いものから
とことん採取する世界であり
そこでこそ、現役時代にみせた豪快なスウィングを
していかないと生きていけないのに
ボクシングでいうヒット&アウェイによって
蝕まれていく。もうそこには現役時代の面影は見えないほどボロボロな身体へと変貌した姿しかない。

スポーツ選手のセカンドキャリアの必要性と叫ばれはじめて既に月日が経つが未だしっかりとした制度が作られていない。所属先をなくした人が属する貯まり場をつくり
不安なを取り残し前向きに次の所属先へと移行出来る様に
していくことが非常に大事である。しかし、一向に進まないのが一般的に閉鎖的な野球界、相撲界ではないか?
今回の逮捕によって両各界で一個人の問題とせず、セカンドキャリアについて真剣に考えてほしいと思う。

清原氏には皮肉であるが、薬物使用によって
刑務所へ行くこととなり「無所属」から「ムショ属」と
なり属するグループが出来た。




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2016年01月01日

木の根幹から

屋外を見ながらスターバックスコーヒーを
飲んでいる。ふと、今年の出来事を
目の前にある木々を見つつ黄昏ながら
振り返る。
大きな木々の先にある緑、黄緑の葉が
気持ち良さそうに吹いてくる風に
身を委ねクネクネしながら上から下へと
落ちてくる。
その様子を観ていて、今年の自分に
似ているなあっと気づく。

大きな木々の根幹は意志や意思を表し
枝は、その人の可能性を表し
花は、夢や目標を表している。
まさに、「人は木のようである。」

しかし、流れという名の「風」は
芯の弱い木々を巻き込み遠くへと運ぶ。
さらに、誘惑という名の虫が木の根幹である
「意志や意思」を食い尽くす。
それに伴って、「意志や意思」の上にある
目標や夢は崩れ落ちていく意志では
支えきれずガラクタのように捨てられていく。

まさに、2015年は崩れ落ちていった自分の意志であった。

スペイン語1日一記事、DELE受験せず
オンライン英会話を始めたものの復習せず
体重を減らすために始めたジム通いも辞めた
意志に一貫性がなくどれも中途半端。
無為に時間を過ごすことが多く
何も得るものがなかった年であった。
いわゆる負け犬である。

まずは、掲げる目標を好きで継続的に
実行できるか?っというポイントに
重点を置き楽しめるように工夫し
考えも変え実行していく。
さらに、時間を無駄にしてしまわないように
時間割をきっちり付け、それに沿って
行動を起こしていく。
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2015年12月07日

何処へ

ふと「旅ノート」について思い出した。

約11年前に中米から南米を旅した際
分からない土地を歩き、不安を抱えながら
次の街へと足を進めていたときに
行った先々で先ず探したのが「日本人宿」
幸いながら、旅に出る前にある程度どの場所に
日本人宿があるかなどは教えてもらっていた
のだが、それでも実際に場所を聞きながら
知らない土地に降り歩き始めると
言葉を理解していた当時の自分でも
否応なく不安がこみ上げてきたのを
思い出す。特にバスなどに乗って
夜に目的地に到着した際は
それは相当な不安がこみ上げ、
歩みが早くなったのも思い出す。

たどり着いた先々の日本人宿に当時あった
大学ノートに先人(旅人)の貴重な旅の体験談を
含む様々な場所へと行き方や注意事項が
詳細に書かれていた「ノート」。
あの「ノート」がなければ気にならなかったことや
場所が多々あったことを
今になっても思い出す。 
旅人が行った時期、ルート、どこに泊まったかなど
ホテルの質、盗難の有無、地図など
本当に11年前の情報としては、手書きで
見にくいものもあったと思うが
非常にクオリティーが高いと今でも感じる。
そこには、旅人ならではの想いが
そこに記せられているからである。
というのも、旅していると良い体験だけでなく
もしかしたら悪い体験の方が多いかもしれない。
そんな自分が体験した嫌な想いを
次、同じように旅人が苦い想いをしないように
との思いで書き示してあるからである。

ただ、あれから11年が経ちインターネットが
普及し簡単に情報が入る中、
「旅ノート」以上に詳細に記した情報が得られるのか?
検索しても大体得られる情報は、決まって一部分であり
旅に行った感想が書かれた各個人のブログに行き着く。
そこに書かれているのは
旅をする上で得たい情報(危険度、ホテル情報、詳細な地図など)
がほぼ皆無である。

特に「旅ノート」に書かれていたウユニ塩湖での注意事項
「絶対に決められた場所で用を足すこと。」
綺麗な風景を観れることもあり
開放的になり塩のホテルの外で用を足すひとがいる
でも、旅のマナーとしてそれは景観を汚す行為であるため
絶対に行ってはいけないこと。

しかし、今はインターネットの普及とSNSによるウユニの写真の
蔓延で旅行者が急激に増えているため
非常にゴミなどが増えており現地でも問題になっていると
報道がある。
http://news.livedoor.com/article/detail/10919167/

同じようにマチュピチュも観光客増加による
遺跡の破損が相次いでおり
僕が旅したときでも数年後には
入場規制を敷くもしくは
封鎖をするだろうと言われていた。
今は、どうなのだろう?

「旅ノート」には、旅人が体験した様々なことを
記帳するツールであったが、それと同時に
次の旅人への想いを語る広場であり
旅の仕方、旅のマナーを教えてくれる
教材でもあったと思う。

だからこそ、もう一度先人の知恵や経験が詰まった「旅ノート」を
手にしその当時感じた想いをもう一度味わいたいなと




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2015年11月30日

異常動物

知名度のある地位の高い方が
ツイッターで発した言葉が
マスコミに叩かれ始め
SNS上で賑わっている。

「同性愛者は異常動物である」
古い価値観で彼らを見れば
そのような意見がでることは
容易に理解できる。
しかし、現在は差別発言、行動は
非常に厳しく取り締めが起きているなかでの
出来事で、全く自分の立場や地位を
理解せず発言するあたり
ほんとにOld Fashionである。
さらに言えば、SNSの使い方と
その影響すら理解していないふちがある。
なぜ?このような事をツイッターで
述べるのか? ちょうど同じ時期に
ガンバ大阪の外国人選手に対しての
黒人差別発言があってニュースでも
話題になっており、皆その発言者の
なりを見つけ出そうと躍起になっている
最中に もうアホとしかいえないほど
惨めにしか思えない。

百歩譲って「異常動物である」って思っていても
表立って言う事でもないやろ
そういう人が上の立場にいること自体
もう地方政治も終わりに近づいてきている。
推測だが、このような考えを持った方が
多々いるはず。古い価値観の持ち主たちが。

「同性愛者は異常動物である」のであれば
メキシコでは異常動物だらけになるやん。
異常動物同士の結婚は正常という意味になるのだろうか?

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2015年11月22日

気になる

テロが欧州だけでなく、世界へと
広がりつつあり恐怖が感じられるように
なってきたのではないか?
今まで、対岸で起きていた事件が
身近に感じられるようになり
他人事から自分事へと移行して
きている。
しかしながら、日本はというと
未だ他人事のように感じているだろうと
推測する。やはりそこには、島国であり
国境という概念がないことが、情報を
身近なものから遠ざけさせているように
感じる。

フランス、パリ同時多発テロの前後に
様々な国や地域で同様な無差別テロが
起きているのにも拘らず、フランスだけに
偏った報道がされる時に 多くの方々が
フェイスブック上にフランス国旗トリコロールを
プロフィール欄に載せてしまっている。
右に倣えで一斉にである。
その前後で背後で何が起きているかも
知らないでである。 

偏った報道によって偏った知識を
植え付けられてるとも知らずに。
普段から考えていないと
流れに乗せられてしまい
偏った見方、考えかたへと
なってしまう。

これを平和ボケというのか
分からないが 危機感がないのは
いかがなもの?
posted by コビータ at 04:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月16日

基準

報道基準に疑問を感じてしまった。

というのも、無差別殺人であるテロが
フランス、パリで起きた。
死者が100名を超えると報道され
更に被害者の数が増加するだろうと
言われている。

今回の報道を通じ、フェイスブックの
プロフィール欄に哀悼の意と平和への祈り
を込めてフランス国旗のトリコロールを
付ける機能が世界中を駆ける。

しかしである、「なぜ?フランスだけ?」報道として取り上げられるのか理解出来ず冒頭に述べた事を
を感じたのがブログを書く発端となった。

マスコミも視聴率や購買部数を意識した報道を
余儀なくなっているのは非常に理解できるものの
フランス、いわゆる先進国に部類されている国で
起きた事件だから報道されるのではないかと
仮定してみるとすんなりと頭に入ってくる。

仮定:
報道基準=犯罪の種類、方法✕国、地域✕被害の規模

フランス、パリで起きたテロと同時期には
レバノン、ケニアでも無差別殺人やテロが
起きている。
しかし、報道はあまりされていない
そこに、先進国優先の報道姿勢が
各メディアで見受けられる。

もし、今回の自爆テロが途上国で
起きたのなら、フェイスブックなどを
巻き込み今回のように世界中へと
広まるのか? 

答えは、No!である。

それは、実際にフランス、パリのテロ事件
の2日前にレバノンにてテロ行為が起き
多数の方が亡くなっている。
ケニアのとある学校に複数人忍び込み
銃を乱射し多数の犠牲者が出ている。

そのことを踏まえると
先進国優先、途上国は後回し。
あたかも途上国についての
報道は価値がないと言っているようなもの。

報道されることによって助かることもあるが
報道されないことは虚しさと焦燥感を
感じることになるだろう。


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2015年11月08日

好奇心

「好奇心がなければ、ただのジジい」BY田原総一朗。

80歳を過ぎ未だ現役ジャーナリストとして活躍されている彼は
自分を表現した際に冒頭の言葉を発したのを耳にした。
年齢を重ねるに従って考えや行動はより狭まっていくのが常。
しかし、そんな自然な流れに逆らうように今なお好奇心を持ち続き
走っている彼の姿や言動は非常に興味があり
今後の行動にも注目していきたい。

posted by コビータ at 07:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月18日

魅了

人を取り込み、魅了させ、入り込ます術は何だろう?っと
考えたきっかけがラグビー日本代表の選手たちの姿勢や
情熱さらに言えば意外性もあり見事に世間一般の方は
南アフリカ戦での彼らの闘いぶりに魅了されたはず。

スポーツには、エンターテインメント性が少なからず
含まれ観客を虜にする。その一端を垣間見れた瞬間だった。



スポットを浴びるスポーツもあれば、オリンピックや世界選手権、ワールドカップで
好成績を上げて世間にその存在自体を知ってもらうスポーツもあり
それは、様々である。 しかし、サッカー日本代表をみていると
非常に虚しさを感じずにはいられない。 今現在、多数の日本人選手が
海外でプレーしているものの日本代表として試合に出て活躍している選手は
一握り。常に低パフォーマンスでレベルも低く相手が格下であっても
見ている観客が呆れてしまうぐらい結果がついてこない。

このラグビーとサッカーの違いはなんだろう?と考えたときに
重要な単語が2つある それは「情熱」、「伝える」である。
これは、観戦者や受け手側の感情を刺激するか試合内容かどうかの違い以上に
選手の視線や必死さからくる温度が熱いと感じれば感じるほど
受けてはそれに魅了され没頭してしまうのではないか?
先日行われた国際親善試合日本対イラン戦では、親善試合とはいえ
アウェーで戦っており貴重な試合となるはずだった。が、
内容は低調で必死さをTVから感じることはなかった。 根性論ではないが
個人的に一番覚えているゴールシーンは、94年ワールドカップアジア最終予選の
イラン戦の中山選手のゴール。 必死さが伝わるプレー。



このワールドカップに出場しサッカーの知名度、認知度を高めようという
プレー以外の部分の想いが詰まった行動に人の心を動かすチカラがあった。
さらに言えば、それが人に伝染していきポジティブに働いていく。

戦うから闘うというものに変化していく中で観客はそれに
魅了されていくのではないかと感じる。
戦うと闘うの違いは、必死さ、泥臭さ、想いの有無、温度差であり
今現在、ラグビー日本代表は果敢に闘い、次回ワールドカップを日本開催するにあたって
開催するに相応しいチームでありたいという想いも含まれ
結果としてファンを魅了する意外性を試合で出した。
それと比較するとサッカー日本代表は、ただ戦っているだけ。
そこからは何も伝わってこない。
人を魅了するには、必死さを出していかないと
今後は、いくらホームでの試合があったとしても
観客数は激減していくだろう。 

 


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2015年10月10日

連想

言葉から得るイメ−ジを可視化する能力が
ないのか、減退しているのか?

正直、将来のことについて見えないなか
一歩一歩踏み出していかないといけないなか
実際に目に見える形になるまで
待ってから行動するというのは
このグロ−バル化が進む中で
非常に遅いと思われる。
だからこそ、言葉を聞きながらそこから
連想する将来像を描き、それに基づいて
行動していくことが
非常に大事ではないかなっと。
いわゆる未来予測というのか
例えば、大阪都構想とかね。橋下市長の説明不足は否めないものの
その言葉からどれぐらい将来像を連想できるのか
その連想力というのか立案力、想像力というのか
住民に試されているのではないかなあっと
個人的に思う。 

しかし、一方で連想力や想像力は経済に影響されるのかもしれない。
経済的に余裕のない方々には連想することよりも
現実に向き合わざる負えない。 そのため、いくら政策などが良くても
経済的に負担が増してしまうような事が起きてしまうと拒否反応を起こしてしまう。

連想力x行動力 =将来 
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2015年10月04日

アイドル_?



アイドルがファンとの交際が発覚し所属事務所から賠償請求を受ける。
先ず、何をもってアイドルと名乗るのかがはっきりと定義出来ないし
事務所やメディアから押し付けられた名称なのかイマイチはっきりしないのが
個人的な印象である。
僕自身、アイドルと言えばと聞かれたら、年代もあるが
80年代から90年代に活躍した中森明菜、工藤静香、WINK、浅香唯とかを挙げる。
ファンを通り越して親衛隊なるものまで出来ていたのも思い出す。
しかし、なぜ彼女らをアイドルとして認識しているのかと
問われれば分からない。
おそらく、若くて可愛らしく未成熟でありつつも頑張っている姿に
自分もあのようになりたいという願望とマッチしたことから
「憧れ」という感情を抱き、さらに親しみやすい
キャラクタ−、口調言動にも愛着をもつことによって
独自のアイドル観を形成していったのだろう。
だからこそ、アイドルに抱く思いはハンパなものではないはず。
自分の気持ちを反映し代弁してくれる存在へ変貌していくなかで
同時に自分のものから皆のものへと変貌していったのだろう。

だからこそ、ファンの応援や心理的愛着を得て初めて
「アイドル」として認識されるものであって
所属事務所やメディアによって押し付けられ形成された
「商品」としてのアイドルは非常に受け入れ難いのが個人の意見である。
アイドルグル−プ「xxx」って枕言葉になって
発信するのはもう時代遅れではないかとまで感じる。







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2015年09月27日

数。

数の持つ意味について考える。

あまりにも数字だけが先走りし
それに意味を上乗せする解説者や批評家たち。
そして、それを正当化しようとしている感じる。
数字を扱う者のモラルが非常に低下していると
感じるのは昨今非常に目立つ。
それは、東芝不適切会計、難民受け入れ問題などの
ニュースでわかると思う。

社会人になってからは、提出するものは
必ず、何かしら具体的な数字を入れろを
教わったが、それでも、数字をコントロールするのは
作成者であってそれが適した数であるかは
非常に判別が難しいことが多くさらに言えば
見逃してしまいがち。

数字=嘘をつかない
数字を扱う者=嘘をつく。もしくは自分の論理に適したように利用する。

巷で話題になった「数の論理」とか
難民受け入れ人数の発表に
受け入れ人数の多さ少なさを論じるのような報道など
数字に意味合いを上乗せし
その数字に意味のない正当性を増す報道に
正直嫌気をさす。
理由として、双方とも数を競いあっているのではないうえ
意味もなくその数字に正当性があるかのように
示すからである。


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2015年09月19日

スカウタ−募集

「スカウタ−募集」

しょうもないプレ−しかできない選手が集まる日本球界。
そのつまらなさから国民からもそっぽを向かれる。
万年ベンチに座り、状況を見ては野次を飛ばし
仲間にエ−ルを送る術を身に付け解雇されずに
重宝されている。
そのため、球界ル−ルによる戦力外通告は4年ごとと決められていることもあり非常に球界の新陳代謝は図れていない。
また、スカウティングできる方がいないのが原因で
注目できる強力選手を獲得できず、
それが、さらに国民に球界に対する興味を失わさせている。

苦肉の策で新陳代謝を図るためトライアウトを導入するも
甘い査定を下され、多くのポンコツ選手が再度球界に再登板。

さらにドラフトにかかる素材がいないのが難点。
ポッと出の素材には厳しい野次が飛ぶ。
マイナンバ−610つけた新人選手は、暴言を吐き
所属先がない状態に。 

そんな中、旧態依然の球界に新しくSEALD´Sという名の
球団を作り編入しようとするが、その前に球界の壁が大きく立ち広がる。

球場は閑古鳥の鳴き声が聞こえるほど少ない。
しかし、球界のドンが大鉈を奮う。
球界のタブ−を破る挑戦に出た。
もともと海外遠征を禁止してきたル−ルだったが
ル−ル上の解釈を変え選抜チ−ムを編成し海外遠征へ
行けるようにした。これにより敵地にて外国人チ−ム
と戦うことを可能にした。

いまのところ、海外遠征もしくは親交の深いアメリカ選抜の
応援遠征するという発表はないが
海外から、特にスコアを改ざんするのが得意な中国選抜、
何かとクレ−ムを付ける韓国選抜、
そしてテポドンという長距離バッタ−を擁する北朝鮮選抜
から対戦希望が届いている。

これから、球界を盛り上げつつも
厳しい目を持ったスカウタ−が必要となる。
それが、自分たちである。
posted by コビータ at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月17日

ドローンと報道

緊急時のドローンの利用と報道ヘリの利用について
ルールと規制を定めたほうが良いと考える。

昨今、ドローンを利用した危険な行動によって
航空ルールが定められたが、使う場所と利用目的の
適材適所を検討し再度ルール見直しをしてもらいたい。

というのも、先週起きた鬼怒川決壊による被害を
報道各社が必死になりヘリからの生中継を含め
情報を流した。 
しかし、上空には自衛隊ヘリがありそのさらに上空に
報道各社のヘリが飛んでいたという。 
自衛隊ヘリにとっては、非常に救出作業の邪魔で
接触という危険にも晒される。救出どころではなくなって
しまい本末転倒である。 
さらに言えば、一回ヘリ飛ばすのにいくらかかるのか
知らないが相当な金額が動くはずである。
情報や画像を得るのに報道各社がしのぎを削るのではなく
共有という形で情報を得ることができないのかと考える。
救命第一であり、報道はその次である。
報道が救命を邪魔しているとなっては全く意味がない。
しかし、ここでドローンを活用できないかと考える。
コスト面、安全面を含めさらなる改善は必要であることは
承知するが救命第一に考えば非常に有効な手段である。
さらに、取り残されている被害者たちに言葉をかけれる
ような双方向コミュニケーションができるようになれば
勇気つけれることも可能であり、緊急災害用の一つのツールとして
利用できるのではないか?

だからこそ、適材適所を考慮したうえで
再度航空ルールを見直してほしい。

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危惧する。

シリア難民受け入れでヨーロッパで足並みが揃わないなか
ヨーロッパを牽引するドイツのメルケル首相の判断に
国際社会が大きく反応した。
難民を年間50万人の受け入れを表明したこともあり
多くの難民がドイツを目指すようになり
EU内にて分割してヨーロッパへ振り分ける案が出ているが
非常に難しい問題となってきている。
ドイツが受け入れを表明したのもつかの間、
ハンガリーやオーストリア国境を通じて流入する難民に対して
受け入れ移設の限界に達したことにより入国制限を行うという。
それに伴いハンガリーやオーストリアに一時的に滞在することなり
双方にとっても頭の痛い対応となる。

時期尚早と言えるのだが、一番危惧するのは
イスラム教の分布範囲の広範囲化に伴う軋轢と差別。
この難民受け入れについて、当初は入国審査をせず
受け入れていたため、どのような宗教価値、宗教モラルを持った方かは
分からない。いわゆる過激派なのか穏健派なのか、シーア派なのかスンニ派なのか
同じ施設に両派が入り混じる形となることで何か起こるのではないかと危惧してしまう。
それが、今すぐに何かが起こるということではなく今後5年、10年というスパンで
住む場所がシーア派とスンニ派に分かれお互いがお互いを
理解できない構図へと変貌するのではないか? それに伴い現地に住む住民との
衝突や差別が広がっていくのではないかと個人的に心配する。

どういう結果となろうと歴史的に大きな転換期に来ているはずである
先のギリシャ問題によるEUの金融問題、そしてこの難民受け入れによる政治的問題で
EUは分断する可能性を秘めており、爆弾を抱えた形となったのではないか
難しい舵取りを強いられたことは言うまでもない。 


posted by コビータ at 01:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月06日

あくまで


「写真」「日本の土壌」「言葉」の3点から
今回の世論が動いた、動いている難民問題について
考えてみたい。

僕には大事にしている言葉がある。
普段から常にそれを意識しているかと言えば
それは嘘になる。しかし、要所要所ではその言葉を復唱し
意識して自分に問いかけることがある。
これは、様々な媒体で言われている言葉であり
有名な経営者が語った言葉であったりもする。そのため
決して難しい言葉ではなく誰かが日常から既に行っていることでもある。
「神は細部に宿る」BY元日本代表監督、現FC今治オーナー岡田武史氏が語った言葉
さらに、フォトジャーナリスム雑誌DAYSJAPANの表紙に小さく載っている
「たった一枚の写真が国家を動かすことがある」

特にこの言葉「たった一枚」「細部」っていう普段あまり気にしない
部分に目を向けることがその後多大な影響を個人としても社会にしても
与える可能性がある。それは、ほんと些細な事でもあり重要な事でもある。

シリアから逃れようとギリシャに向けて出発した20人乗りのボートが
強い波に遭い転覆しギリシャ沿岸に打ち付けられる亡くなった子供のたった一枚の写真が
SNSを通じ拡散し多いに影響を与えた、そして与えている。
今まで難民受け入れに難色を示し批判的であった先進国
特にヨーロッパに受け入れを認めさせるある一定の光が差し込み、
ヨーロッパ各国にその判断の是非を問い質す結果となるだろう。

http://jp.wsj.com/articles/SB12096842380967064583604581211692551093796

難民移民受け入れを国際社会から求められている日本では
今回の件についてどのように報道されているのか理解できないが
それでも現在難民受け入れを求めて滞在している外国人の方が
多数いるのは事実である。しかしながら、それについて報道されることは
あまりなく僕を含む大方の日本人は知らないはず。
国際社会からのプレッシャーを含め国際貢献という名のもとに
難民を含む移民受け入れに政府が舵をとるのか疑問に思う。
というのも、今後の日本は人口減少が著しく進むことが
分かっておりそれに伴い労働人口減少により生産性を維持、向上できないと
随分前から言われている。そのため、労働人口を増やすには
移民を受け入れ生産性維持、向上のために不足分をそれに充てなければいけない時期が
すぐそこにやってきている。しかしながら、その事については政府の動きは緩慢である
言わざるをえない。 

そもそも、移民を受け入れるだけの土壌がないこと
さらに単一民族でいたい事が理由として挙がるのではないかと
推測する。 
もともと島国であり鎖国も行ったりと異文化受け入れを積極的に取り入れてきたかと
言われれば答えはNOではないか(一部受け入れあり)

もっと言えば、それは「言葉」に凝縮されているのではないか?
普段何気なく僕たちは外国人のことを略して「外人」と言う。そとのひとがあるのであれば
「内人」うちのひともあってもおかしくはないだろう。
しかし、そのような言葉は実際にはない、もしくはないだろう。
普段気にしないが意外とグレーゾーン好きな日本人であるものの
内と外とに線を引き、2極化し「内人」は良い、好ましい
「外人」、略しであるがよそ者としての差別的とまでは言えないものの
差異がある発言に捉えることもできる。さらに戦争に負け数十年間もの間
アメリカに占領されてきたことから外国人=外人(よそもの)=独裁者
みたいな悪いイメージ、劣等感を感じる構図が無意識のうちに刷り込まれているのかもしれない。 

さらに「難民」という言葉は非常にマイナスイメージを備えており
言葉の如く扱いかいが難しい人達の集団ではないかと「言葉」から
判断してしまう。 日本人にとって「外人」であり「難民」である方を
国際社会への貢献という名のもとに人口減少問題と重ねても
英語ができないとか外国語ができないレッテルを持っている日本人にとって
無意識に彼らへの接触を拒みそのような土壌が育まれている中
彼らが本当に住めるのか?

本音では、受「難民」受け入れ難い民であり、無「難民」問題を起こさない民であって
欲しいと願っている。上記に述べた土壌の中で彼らは日本人にとって
有「難民」有難い民となっていけるのか心配である。 
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2015年08月30日

ボイス

最近、携帯がスマホになってからというもの
ラジオを聴くようになった。それは、会社同僚が
朝、ラジオを聴きながら会社に向かっているということを
本人から聞いて特に時事問題にそのラジオのおかげか?
凄く精通するようになってきたのが主な理由である。

僕も同様に時事問題を扱うラジオということで
GOOGLEPLAYからアプリを探して目に付いたのが
「ザボイスそこまで言うか」というアプリ。
http://www.1242.com/program/voice/

コメンテーターが日替わりでその日にあったことを
議論したりする番組である。番組に興味をもったのは
そのコメンテーターたちである。
月曜日は勝谷誠彦氏、火曜日は宮崎哲弥氏、水曜日は有本香氏そして木曜日は青山繁晴氏。
ぶっちゃけ一癖も二癖もあるコメンテーター、評論家であるが
「はっきりとものを言う」ことが非常に好感を覚える。
評論家だけにそれが出来ないのは仕事を無くすことを意味することで
当たり前のように思うかもしれない。しかし、それには非常にリスクが
取り巻いているはずである。特に有名になればなるほど
その発言には非常に重みを増すことから様々な方面からの
批判、暴言をも受けるはずである。 さらに言えばSNSが発達しているこのご時世
伝達は非常に早く進みあっという間に批判は大挙となして攻めてくる。
そんな中、番組を聞いている方はわかると思うが
経験、知識、人脈から得られる情報を「はっきり」とあと惜しげもなく言ってしまう
彼らの姿勢には圧倒される。 

現在、安保法案の是非について番組でも取り上げられるのだが
詳細を知らされていない点が非常に目立つ。その理由として
集団的自衛権の行使の是非が問われ、そこにフォーカスされ
安全保障法案という大きな枠組みの中身の内容がさっぱり
報道されなくこちら側に情報が入ってこない。
集団的自衛権が大きなメインテーマになるだろうが
そこに目を向けている以上、その裏で本来さらに議論しなくては
行けないポイントがあるだろうが なぜそこにフォーカスしないのか
非常に理解できない。
さらにメディアによって出来上がった構図と議会での討論によって
安全保障法案=集団自衛権の是非=戦争へ導く可能性有=戦争法案と
構図を作ってしまったのではないかと考える。

安全保障法案に対して日に日に反対デモ勢力が大きくなっているように
思える。 しかし、先日の放送で安倍首相が直接番組に参加して
コメントしたことや民主党長島衆議院議員のコメントしたことが
しっくりとする。 それは、現実問題として
日本の常識、世界的、国際的な常識から理解できない国が
日本の周りを取り巻いており「チカラによる現状変更と脅威」を行っている
今、チカラによる抑止力は必要になってきているはずである。
集団的自衛権の賛否より、日本を取り巻く国際社会の状況を考えてみると
賛成反対ではなく必要か不必要かの判断基準で物事を進めていかなければならない。
集団的自衛権の是非はあとにしても、安全保障については
真剣に議論して国会で承認を得ていかないと非常に厳しい立場に追い込まれてしまう。
だからこそ、集団的自衛権を別枠で議論を行い
それ以外のポイントを国民に見せる形で議論を行い
法案を可決して進めてもらいたい。



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2015年08月23日

中国って

中国元の利下げを行い世界に影響を与え
それに伴い、ドル高がより一層進み始めている。
特に9月、もしくは12月には
アメリカのFRBによる利上げが行われるのではないかと
推測されており、それにより今まで新興国へ投資していた
投資家がアメリカ国内へ目を向け始めるだろう。
そのため、新興国からはドルが海外へと流れていき
対ドルの自国通貨が安くなっていってしまう。
それにより、ドル建てでの債券は非常に返済に苦しむことと
なる。

先日、天津港付近で起きた化学薬品が納められている工場から大爆発。
中国政府が情報を統制しているため、正確な情報が掴めていない。
しかし、未だはっきりとした原因を把握できていない状況に
世界は驚きを隠せない。 許容範囲を超えて保管していただの
水と反応すると爆発するような化学薬品に
火災を止めようと果敢に現場に近づき水を放ち
それが原因で火に油を注ぐように爆発を誘導させた消防士の知識、経験不足。
さらに、今さっきニュースがあり違う場所で化学工場にて爆発があったと

モラルやモラルハザードが低い国が世界を大きく変えるだけの
チカラを持つこと自体、あってはならないこと。
以前、中国へ出張したことのあるかたに聞いたところによると
経済は成長しているが人々の価値観やモラルは日本と比較すると
10年、20年ともいえるほど遅れているらしい。 
その人だけが感じたことだとその当時は
思っていたものの今回のことでそれを露呈させてしまった感は否めない。

日本政府が発表した戦後70年談話に対しての批判的コメントについて
個人的には戦時中日本が行ってきた領土を占領することを
そのまま今の時代に行っている国が批判的コメントを出すこと自体
理解に苦しむ。自国の勝手な解釈により南シナ海に領土を作りそこに
軍基地を設置すること、約束を反故し油田開発を進めるあたり
常識、国際的な常識の通じない国(中国、北朝鮮、韓国)が日本の周りにある以上
安保法案を通過させようとする勢いはより増すだろう。
その安保法案に対しても批判のコメントを出す自国の行動を顧みず
他国を支配しようとする図々しさ。 世界からドンドン嫌われる国になるだろう

posted by コビータ at 08:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月16日

終戦って

終戦記念日が今年もやってきた。
しかし、残念ながら今まで僕個人として
あまり何も意識もなく感じず過ごしてきた。
それは、戦争当事者でもなく戦争体験者が
身内にいなかった(いただろうが話す機会がなかった)
ことが一つの理由である。
正直、何が起きたのかそしてどんな残虐な事を日本が犯したのか
全く分からないし教科書で学んだのもホンの数ページだけであったと
記憶する。さらに試験のための勉強であったため
必要な情報特に日付や誰が何を行ったかしか頭に入れず
授業を受けた。その背後に何が起こり時代背景を理解することや
より深く勉強することをしてこなかった。

だからこそ僕個人では、終戦記念日=8月15日=お盆=夏休みの中の一日
という構図が生まれ何か特別な日という意識が働いたことはない
それは、今でも不変的な感覚である。さらに言えば今現在メキシコにいるため
それはより顕著である。
しかし、今年は戦後70年ということもあり安倍政権が70周年を記念して
政府公式談話を出すとか安保法案可決などもあったため
海外からも特に中国、韓国からこの談話について注目を集めていた。

今現在、その発表した談話の是非が問われているが
使われているコトバが適していないだとか
首相個人のコトバで語られていないとか
さまざまな批判的なコメントもある。
しかし、何を基準に批判し称賛するのか
その基準となるものは我々,特に僕個人は持っていない。
その理由は、勉強していない。恥かしながら知らないからである。

戦争についてもそうだが、戦前、戦中、戦後について
日本政府として反省してきた部分もあるが韓国、中国など被害を受けた側の
感情は全く僕たちには理解できない部分まで奥深く刻まれている。
しかし、アメリカから受けた唯一の核被害国として
彼らの心情も日本人として理解できると僕個人として思う。
それは核に関しては完全な被害者であるという見解を持っているからである。
一方でアジアに対しては加害者という微妙な立場であるため
核による被害を大にして言えない部分もあるのも事実。
ただ、核被害者であることからアジア各国の心情をより理解し
ドイツのように戦後70年経っても反省をヨーロッパ各国へ示し続けて
いるように中国や韓国へ反省を示していくべきかと考える。

談話の内容や使われたコトバうんぬんより
それを判断できるだけの土台を今からでも
早急に作り上げることが大事になってくるだろう
学校での学科として、小中学校から勉強し戦争について
自分で答えを出す方法で授業を行ってもらえたら
と個人的に思う。



posted by コビータ at 09:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする