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2017年11月20日

文明と色


文明が発達した国インドへと足を運んだ。

見るもの全てが新鮮に映ると同時に
目に映る景色や風景は、インドを
表すには表面的な部分でしかない。

文明が発達した国で僕自身が足を運んだ国は
今回のインド、メキシコそしてペルー
この3つに共通、類似する点は、色柄の使い方。
青、赤、緑(3原色)などを使い色鮮やかな
民族衣装がある。インドはサリー
ペルーはチョリータ、メキシコはウイピル。
その他に文明が栄えた中国やエジプトなどにも
民族衣装があると
思うがやはり色鮮やかな衣装であると推測する。
文明の発展と色や衣装の関係性に非常に
興味を持つカタチとなったのが今回の
インドでの旅であった。

文明が栄えれば物資はあつまり
衣装など身に付けるものの発展していったことは
容易に想像がつくが、色合いや使い方には
何かしら関係性があるのかが気になって仕方がない。
そこに何かしらの精神性が含まれているのか

気になる。。。。。。


 





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2017年10月31日

No Stimulation, No Life


「刺激」がないと嘆げ続ける自分がいる。

マンネリ化した日々の生活、画一化された建物
そして、目に見えない同調圧力が蔓延する社会
メキシコから戻ってくるたびに感じていた
安全安心というのと引き換えに単調な生活を
歩むことを強いるこの世界に危機感を感じていた。

しかし、「外的刺激」と「内的刺激」がある。

メキシコでは考え方を含め生活全般において
日本とは真逆であり、外から得る刺激は
簡単に得られた。
視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚に訴える刺激
が街中に溢れていた。そして、頭の中は
スペイン語バージョンに変換され
身体全体を駆使し刺激を受け止めていた。 

だからこそ、この日本での生活も単調なものと
捉えてしまっているのかもしれない。

外から得る刺激はあまり期待出来ないのが正直なところ。

だからこそ、内的刺激という造語を利用して
自分で刺激を生み出し創り出し生活を活性化していくことが
求められる。
他人には理解できない事でも「刺激」のもととなる事柄や
考えを追求していき自分なりのオリジナルの「刺激」を創り出していく
作業が必須。 

「目標」が「刺激」とリンクするだろう。

しかし、同調圧力、単調化された大きな波、流れに逆らって
自ら「刺激」を創りだしていくことは容易ではない。
変化が見えにくい世界で変化に気づく目を養うことも
「刺激」を創りだす一つの要素であろう。

さあ、はじめよう「自分」だけのオリジナルの「刺激」を
創る生活を。。。。。





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2017年10月29日

が ん こ


横から見る彼女の横顔は、少し寂しそうに見えた。 

彼女の友人の結婚式に一緒に出席した際
隣に座る彼女は羨ましそうにウエディングドレスを
身に付けた友人をみているようには見えず
なぜか「寂しそう」に彼らの姿に目を向けていた。

彼らに向けられる瞳を見て
本当は「私」もウエディングドレスを着て
友人に祝ってもらいたいのだろうかな?っと
感じた。

「結婚式」は僕にとって無駄でしかないと
思っている自分も
その瞳を見て何かしらしてあげられたら
と思うように変化したことは否めない。
でも、それが「結婚式」ではないことは確か。

そもそも、何も始まっていないのに
祝う事自体あんまり理解できない頭でっかちの
オッサンです。まずは3年、さらに5年、10年とともに
過ごしお互い頑張ってきた成果に対してのご褒美という形で
何かしら行いたいと僕は思っている。 (まあ、あんまり理解されないけど)







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2017年10月15日

しげき

蝉の鳴き声から爽やかな風の流れへと
変わり、今では肌寒く冷たい風が
ほのかに香る甘いキンモクセイの匂いを
家の中へと運び込む。

目を覚ますと感じる日の長さの違い。
気温も低くなりつつあり
少しずつ秋から冬へと移り変わっていく
季節の変化に「不思議」な感覚を思い出す。

薄暗い明け方に家を出て、綺麗な星が
光輝くように映える真っ暗な夜に
会社を出て家路に着く生活を繰り返してきた。
そこには日常感じる「違い」や「変化」は
あまり見られなかったと記憶している。


五感を刺激する「違い」や「変化」が向こうから
こちら側へと訴えてくるのがメキシコ社会である
としたら、小さな「違い」や「変化」を自分の五感を
駆使しつつ自分から向こう側へとアプローチしていく
のが日本社会と言えるのだろう。 
「主張する社会」と「感じる社会」との違いが
ここにはあるのだろう。 

ということは、自分から向こう側へと訴えかけないかぎり
得られる「違い」や「変化」は少ないもしくは「ない」のかも
しれない。
「刺激のなさ」は「違いを見つける姿勢のなさ」と言い換えれる。
大きくインパクトのある刺激を受け続けてきた
僕にとっては小さな違いや変化は目が届かない。
そして、この事を理解しても大きなインパクトのある刺激を
どこかで期待している。

退屈、窮屈と感じるのも「退屈」にしてしまっているだけ。

小さな変化に目をできるだけ向けれるように努力していきたい。






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2017年10月10日

さあ



環境のせいにして自分で自分を殻の中に
閉じ込めていないか?っと考えながらも
そうなってはいけないとモガきながら
今この時間を過ごしている。

ふと振り返る。目標シートのど真ん中はなんだったのか?と。

「挑戦、挑む人生を送る」

完全に逃げてる自分に気づく。
8つのポイントを挙げている。
1.仕事
2.教養
3.メンタル
4.人格
5.叶える
6.健康
7.家族
8.経済

少なくともメンタルを強く保つことが
今は大事やろ。
1.考え込まない
2.振り返らない
3.大きな声元気一杯
4.比較しない
5.笑顔
6.自分に勝つ
7.やってみる。トライする。一歩踏み出す
8.未来志向 


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2017年10月05日

ASIA EN MEXICO

前回、GALERIA GARROSにて行った個展から
既に2年が経とうとしている。

再び、メキシコで作品を展示できればと
思っていた矢先にフェイスブックを通じて
あるアートギャラリーの責任者から
直接連絡を受けメールをやり取りした結果
数点をそのギャラリーにて
展示することになりました。
Diapositiva11.JPG


僕は、日本に滞在しているため
展示期間中は在廊できません。
しかし、作品は普段からアジア人アーティストを
プロモートしているGALERIA GARROSの
責任者のひとりSR. JOELに預かっていてもらって
いたため今回の展示が出来ました。
時間に余裕がある方は、足を運んでもらえると
幸いです。 メキシコ在住のアジア人アーティストの
作品が数多く展示されますので、そちらも
楽しんでもらえたらと思います。



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2017年09月25日

モヤモヤ


「VIVIR MI VIDA」
この言葉に集約されている意味。
日本語に訳しても、ごく当たり前の事だけど
どれだけ意識して生活しているかは疑問である。

他人が選択した道がもの凄く大きく
広く自由な道と見え羨ましく見えるのも
それは、自分の選んだ道に自信や誇りを
持てていないのも事実だろう。

過去を振り返っても仕方ないが
選択した道の事をよく考えてみると
抽象的であるものの、大半を「自分らしさ」という
「ものさし」で選んできた。
しかし、今回の選んだ道(一時的であるかも?)は
らしくないものだったかと。
らしくなくとも、それを肯定するかのように
出来る限り自分の行動をとってきた。

しかし、心の奥底にあるモヤモヤが
非常に大きくなってきているのを日々感じる。


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2017年09月18日

Envidia

様々な迷いや嫉妬が生じて
あまりにも無意味な雑念が
頭の中を駆け巡る。

それが、邪魔をして
毎日を楽しめなくさせて
しまっている。 
ふと気づくと他人の行動についての
記述を見たり読んだりしていると
羨ましいと思う気持ちが生じ、
自分は「なぜ」ここにいて
「違う」場所で戦っているのだろうか?
このふたつのワード「なぜ」「違う」が
日々生活しているうえでフィルターとして
働き、目に映るもの全てを全く違ったものへと
感じさせる。その多くはネガティブに
映してボクの感情へと刺激を与える。








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2017年08月19日

只今、ホームシック中


只今、ホームシックにかかっています。

日本での生活も10年という月日がマルっと
抜け落ちているため、浦島太郎状態に
なってしまっている。 

友人とあっても噛み合う話も出来ず
奥さんとの会話も表面上の理解は
得られるものの深い部分での
理解がどうしても得れない。

そのため、ちょっとした事で
嫌な雰囲気を作ってしまったり
奥さんにあたってしまったり
なんでも、奥さんを責めてしまう。

色んなものをかけがえのないものや
プライドを持って守っていたものを
失っていく感覚に陥る。

それは、メキシコでの経験、スペイン語能力など

しかし、それは、あくまで自分を表す側面の一部でしかなく
それをも失っても新たなものを
得ればいいじゃんと自分で言い聞かせて
毎日闘っている。 それは、自分に対して
生活に対して、思い描く将来の自分の姿に対して

毎朝、自分を奮い立たせる曲としてを聴いている
マークアンソニーの「Vivir Mi Vida」
僕がメキシコ人、メキシコから教えてもらった事を
「人生を楽しもう」、「自分の人生を生きる」
を歌っている。 他人のために生きていくのではなく
自分のために生きていく。



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2017年08月05日

迷い

大小にかかわらず決断して生きている。
「人生は選択の連続である。」
その選択に納得できるだけの理由が
作れるのかどうかが選択したあとの
自分の行動に直接関わってくる。
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2017年07月02日

蒸し暑い

梅雨の時期を迎え、蒸し暑い日々が続く。

この暑さに慣れるのかが非常に心配している点である。
もう10年も日本の蒸し暑い夏を過ごしていないため
今から既に恐怖を感じている。

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2017年05月20日

どれだけ


日本に戻ってきた事や日本での生活をどうのこうの
言うのは、もう過ぎた。
今いる環境に感謝しつつ楽しまないと。
そこで今年中にやり始めたい事ややりきる事を
取り上げてみた。

やり始めたい事は
47都道府県に旅する。(1か月に1回のペース)
日本の奇祭を撮る。沖縄を中心に

やりたい事
ベトナムへ行き 民族を撮影する。
韓国へ行き友人に会う
南山大学のキャンパスでのスペイン語講座受講
スペイン語検定DELEC1 11月受験。
メキシコで撮った写真を纏めフォトブックを作成。
カンクンへ新婚旅行
posted by コビータ at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月13日

「生かされる」ではなく「生きたい」


全てにおいて活力がない日々が続き
過去を振り返る事が多くなった僕の中に
ちょっと違った光が差し込んできた。

身体と頭は現状を理解し頭から身体へと
強引にも現状の日本生活に慣れるよう
指示を出し重い歯車を動かせ一歩進み始めた。

「こころ」の部分が未だ落ち着きを取り戻さない
それが活力のなさに繋がっている。

昨日、ちょっとした小旅行を行った際に
「こころ」が何を求めているのかを理解した。

安定、安全、便利であり
満たされた豊かな社会が
「生きている」と感じることを
麻痺させてしまっている。
不便で苦しい環境だが、「生きている、生きよう」
という感覚を視覚、聴覚、嗅覚、味覚を使い
身体全体で実感できない。

そういう環境に身を置きたいんだと。
そして「生かされる」ではなく
「生きている」と感じたいんだと。





posted by コビータ at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月06日

心技体

様々な事があり日本へ帰国となり
1か月半経った今、やっと少しづつ
歩みを進めた感じである。 

身も心も止まっていた自分が少しづつ
目に見えないものの日本社会に流れる
良くも悪くも「流れ」に任せてではないが
流れに沿いながらゆっくり動き始めた。
正直なところで言えば
動かざるを得ない状態であった。
頭と心と体のバランスはかけ離れた状態であったものの
家庭を持つ身となったことで
頭だけは転職へと考え無理にでも
体へ命令を出し続けて動いていた。

しかし、未だ「心」の部分は離れている。

ふわふわした感覚を未だ抱いている。
これは今後も継続して抱いていくんだろうなあ?っと
感じている。 少なくとも今年1年は。

この離れている「心」の部分は時間が解決してくれるのか
それとも何かしら自分で改善していかないといけないの
だろうか? 

「楽しむ」という心構えを持つことで少しづつ改善していくのだろう
さらに「幸せ」のレベルを引き下げ感受性を引き上げれば
より楽しめるのだろう


 




posted by コビータ at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月16日

世界でいちばん美しい村 

写真家、石川梵氏の映画初作品
「世界でいちばん美しい村」を鑑賞してきた。
https://himalaya-laprak.com/

久しぶりに映画館で見た映画で
定員50名のほんと小さな会場で
ありポルノ映画でも
上映してそうな外観であったものの
マイナーで良質な映画を取り扱っており、
また行きたくなる会場であった。

ネパール大地震が起き最愛の家族や親族を
亡くし山岳に住んでいた村も地震による
地盤崩壊によりさらに標高の高い場所へと
移動をせざるを得ない状況へと変貌していく。

山岳民族である彼らの生活は電気もガスもない
狭い空間に身を寄せながら生活をしている。
しかし、そこには「貧しくても明るい家族、子供たちn
無邪気な笑顔や輝く眼差しがあり
お互いが寄り添うようなかたちで生きる村人たち
の姿がある」 

未だ残る古くからの風習、文化、習慣、宗教
信仰心など 独特の世界がそこにはあり
震災で傷つき苦しんだものの
村人たちの絆を感じる温かい村での生活が
垣間見れる作品である。

「村の住民全員が家族である」

未だ残る風習を実際に自分の眼で確かめたいと、
「旅」に出たいと、強く感じたのは
この映画の素晴らしさと様々な要素が
ちりばめられた作品であったと個人的に思う。





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2017年04月15日

オッサン化へ、またひとつ


脱オッサン化を図ってきたものの
とうとう歳をひとつ積み重ね
40という大台に乗ってしまった。
個人的な見解であるが、誰も歳を取る事は
イヤな事であると思う。しかし、自然の流れで
あるため誰も逆らえない。 

唯一違いを出せるのは、この流れの中に身を任せつつも
何をしていくかで良い(カッコいい)歳の取り方を
していくのだろう。

振り返ると生活の中心は年代ごとに違いを下記のように示し
その時々で夢中になるものにとことんエネルギーを注入してきた。
10代は異性、オナニー、サッカー
20代はサッカー、フットサル、風俗
30代はメキシコ、スペイン語、写真、旅

では、40代またはそれ以降の年代は
どのような事を生活の中心に置いて
過ごしていくのだろう?

40代は奥さん、旅、ブログ、写真
50代は。。。。。。
60代は移住(国内、国外)

50代は思い浮かばないけど移住地を探す旅に
出ているのではないかと考える。
60代では国内もしくは国外への移住を僕個人としては
考えている。海が近く年中温暖な気候な場所が理想である。

40代は、一番は奥さん。 
とはいえ一緒に過ごす時間は限られているものの
何か興味をもった事を一緒に行っていければと
思う。というのもふたりを語るうえで欠かせない
共通の事と言えば「フットサル」だけ。 
それ以外何もない。一般の夫婦はどうなのか分からないが
一緒に何かを体験するカタチが多ければ多いほど
夫婦という関係以上に友人としての関係性が保てるのではないかと
個人的には思っている。 

旅、写真はメキシコで行ってきた事を日本で行う。
月1回のペースで4年の歳月をかけ47都道府県を回る。
また、日本独特のお祭り、奇祭、島の生活や習慣に
フォーカスした写真を撮影していきたい。

 


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2017年04月01日

昇格


4月となり地下鉄に乗っていると
新社会人、新入生の姿が目につくようになった。
ぎこちないスーツや制服に身をまとい
コツコツと音をたてながら歩いていく様子を
みていると無言のプレッシャーを自分へと
与えているように感じる。

今、ここにいる自分は何者なんだろうと
ふと感じる事がある。
帰国して2週間の月日が経ち
日本でのスピードや快適な空間社会に
慣れてきたところであるが。
カテゴリーで言えばプー太郎である。
バイトをしだしたら、フリーターへ昇格。
ここから一歩一歩踏み出していく。チカラ強く。





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2017年03月25日

語る


ふたりの間になんとも言えない空気が流れる。

僕にとっては耐えられない空気であり
そこから逃れられないのも事実である。
この目に見えなくどんよりとした空気を
創り出した張本人は僕である。

自分勝手な判断とはいえ、こんなに多数の方に
多大な迷惑をかけたことを今もって反省している。
さらに言えば、彼女だけでなく彼女の家族、親族にまでも
迷惑をかけてしまったのは申し訳なく思っている。

今回の判断の原因について答えとして
話している事は下記の通りである。

1.父親死去。
2.経済的援助
3.現地採用の待遇では養っていけない。
4.仕事の将来性の無さ。
5.将来的保証のなさ。

しかし、すべて後付けである。
本音は別のところにあった。

実はメキシコにてやっていく気持ちが希薄となり
日本での生活を望んでしまったことが原因である。

お互いに他者思考で相手を思いやり、相手がやりたい事を
継続してやって欲しいという気持ちが先にあり
そんな中、自分だけ日本に順応すれば全て丸く納まるという
気持ちが芽生えその気持ちが次第に大きくなり
心の中の大きな範囲で占めていった。
しかし、スペイン語を使い勤務してきた経験を活かしたい
気持ちを捨てて生活できるのか さらに現地採用とはいえ
目の前にある仕事のオファーを無視して日本での生活が出来るのか
不安を抱えていたこともあり、一旦メキシコへ戻ることに決めた。

本心で戻ったわけでないため、メキシコ到着後も
ほんの数カ月前まで普通に生活していたメキシコは
全く違う風景へと変貌したかのように自分の目に映った。
毎日引っ越し準備のため部屋を片付ける
何もしない日々に不安は増大し何度も帰りたいメッセージを
送った。 
しかし、それは自分を不安に陥れるだけでなく
遠い日本で準備している彼女へも不安を陥れる事となり
何度も電話とメッセージでやり取りを行った結果、
ポジティブになったりネガティブになったりを繰り返し
常に精神状態は不安定になっていった。
 
そんな中、父親が余命3カ月と宣告されたという言葉を聞いた際
最初に思ったことが次のことである。

「これで帰れる」 

何かしら、理由が欲しかったのだ。日本に戻る理由を。

その後、転職先での勤務となるものの
将来性のなさが見える勤務先での日々は
不安定な精神状態をより増長させていった。
前職と同様に様々な事にチャレンジできる環境かと
言えばそうじゃない。 
再度、メキシコでの転職を試みるも
駐在員の補佐や通訳など、その先が見えてしまうような
ポジションでの業務ばかりで前向きに取り組めなかった。

全ては自分の精神的不安定と決断に対する責任の欠如が
招いた結果である。 

これからはマイナスからのスタートである。 
がむしゃらに行かないと。












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2017年03月13日

「終わりは始まりのために」


「終わりは始まりのために」

僕が「メキシコ」「スペイン語」というキーワードをもって
旅に出て10年が経った。
選手として全盛期だったフットサルという競技を辞めてまで
トライしたその時に旅は始まった。

「旅は自分を成長させてくれる術である」

そんな言葉を大事にしながら、一歩ずつゆっくりと歩みを進めてきた。

しかし、その旅も終わりを告げにやってきた。

そして今、走馬灯のようにこの10年を振り返る。
あの時一歩踏み出さずにいたらどう
自分は人生を歩んでいたのだろう?っと
答えのない事を自問自答してしまうばかり。

それでもひとつだけ言える事は、
人生は「踏み出すこと」で始まるということを
この10年を通じて学んだ。

それは、何でもよい。仕事でもプライベートでも。
「写真」「スペイン語習得」「メキシコで就職」
「結婚」「旅」など自分の事だけでも様々ある。

「人生は選択の連続」。今回の事もその中のひとつ。
選択に大きいも小さいもないのかもしれない
「踏み出すか」「踏み出さないか」の違いだけが
存在するんじゃないか。

今まで踏み込んできたことを「経験」という名に
変えつつ、次のステージではそれを「誇り」へと
変換して挑みたい。

「挑む人生」。
これが僕のど真ん中にある軸である。
それは一歩踏み出す事から始まる人生であり
歩みを止めてはいけない人生である。


コバ

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2017年03月05日

引きもどす


色んな事を忘れさせてくれる時は
自分が好きな事に没頭しているとき。

当たり前だけど年齢が重なるにつれて
自分が好きな事に向き合える時間も
残り少なくなっていき
何かに夢中になるってことが
なくなってきているせいか
一瞬でも「夢の中」にいる状態に
自分を置くと以前にも増して
「ふわっ」っとした感覚を抱く。

ずっとこの「ふわっ」とした感覚を抱いたまま
生活を進めていきたいと思うけど
毎回引き戻されてしまう日々。

年齢を重ねるごとに引き戻すチカラが
強くなり
あと何回この感覚を抱きつづけながら
生きていけるのだろうか





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