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2015年07月12日

疑問

最近思うのが、「変えても良いこと」と「変えてはならないこと」
の判断が個人的にできない、それとも大局的に見て出来ないのか
クエスチョンマークの疑問符が何個も頭を過る。

というのも、新国立競技場建設におけるデザイン変更と
建設費用の高騰と安全保障についての憲法解釈によって
集団的自衛を認めるのかっという2点について冒頭に述べた
「変えても良いこと」と「変えてはならないこと」が
全く持って反対の判断を下そう(下している)としている。

特に約2500億円にも及ぶ建設費用がかかる国立競技場については
先ずは、オリンピックを行う以前に新しく大きな箱を
作る必要はあるのか?更にはオリンピック後の活用方法を
視野に入れての判断だったのか?さらに当初発表していた建設費用
が材料費、人件費高騰により倍以上もなりイラン人建築家によるデザインに
なぜ、そんなに拘るのか?理解に苦しむ。
もし日本が原油産油国であるならば簡単にポンっと
出せる金額かもしれない。 しかし、そうではない以上
現実的な判断を問うことがただ、単に大きな立派な箱だけ残し
国民に税金を払ってもらう仕組みから脱することに繋がるはず。
それだけに身の丈にあった経営運営をしてもらいたい。
ツケを食うのは、国民であるから。世界的建築家である
安藤氏はなぜ有識者会議に参加しなかったのか?そこにも
疑問がある。

安全保障の会議では憲法解釈をもとに集団的自衛権を認めるように
するにはあまりに強引であり独りよがりであると感じる。
では、なぜ真正面から憲法改正へ働きかけないのか?
それは、反対されることがわかっているからこそ
その方法では出来ないと判断しているのだろう。
しかし、解釈によって変更可となれば本来の憲法の意味が
消え新たな意味が付け加えられることになる。
これも、根本的な部分で「変えても良いこと」と「変えてはならないこと」の
の判断が違う。

今後、どうなっていくのであろう?
中国、アメリカ、ロシアなどのパワーバランスによる
大局的判断を含め、憲法解釈、オリンピック
経済発展、消費税10%




では









posted by コビータ at 07:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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