UA-71791293-1

2013年06月09日

感謝と応援を

_MG_6375.jpg





ツイッターやフェイスブックにて自分の心境を書いてきたけど
今、やっと落ち着いたため今更であるのは承知でこのブログを書いている。

約6年間あるメキシコ人女性と付き合ってきたけど、この旅別々の道を
歩む結果となった。それは、いわゆる彼女の現状から脱皮として捉えることが
出来る。僕がここメキシコにて一番苦しかった正社員として働いた事もなく
仕事の仕方も分からなく途方に暮れ上司からの叱責を受け続け精神的にも
ガタガタの時に気持ちを救ってくれたのが彼女の存在である。
当時あまりスペイン語も出来なく、かつ精神的にダメージを受けていた僕に
勇気つける言葉をかけ続けてくれた唯一の存在であり、僕が行く道を修正して
くれたと言っても過言じゃない程、精神的に支えてもらった。
彼女の存在なしでは、ここメキシコでの生活はここまで来れなかったと確信している。

しかしながら、時が経つにつれそのような感謝の気持ちも言葉として表に出さず
当たり前として捉えてしまっていた自分がいた。いて当たり前、やって当たり前、思って当たり前と
相手に対し思いやる気持ちを欠いていったと今思うと感じる。

僕は、いつもパートナーとして相手を見ている傾向があり、切磋琢磨した関係性を求めてしまっており
それは、たった24.5歳のメキシコ人女性にも求め続けてしまっていた。
それは、大きな間違いだったと今になって気づいた。
考え方や人生に対する考え方の違いも考慮せず一方的に求め続けてしまい
結果、彼女の小さな努力も振り向かず結果を求め、気にしてしまっていた。
そのうち、その努力しているように見えない存在に飽き飽きしていいき
やがて彼女の存在を無視するような対応、態度を取ることによって
関係性が崩れていった。彼女は彼女なりシグナルを出していたのにも拘わらず
より態度を一層強化してしまっていた。 

そして、関係はついに壊れてしまった。

しかし、今となって彼女の存在の大きさを身に染みてわかる。後悔先に立たずとは
こういう事かとこの歳になって改めて教えられた。
こんな馬鹿な僕を影ながら支え続けてくれた女性、
メキシコ人でありながら一種日本人女性的な感覚の持ち主であり
よく6年も我慢してきたなああと

今は、自分の行為に対する反省と感謝の気持ちが入り混じった変な感覚であるものの
今後の彼女の人生に対して応援していきたいと思う気持ちがある。
それは、彼女が今まで僕対して行ってきたことのお返しをしていきたいと
勝手ながら思っている。進む道は違えど、またどこかでお互いの道が交わるだろうと
それが、最後の卒業写真として撮影した画の意味だといつか感じてくれるだろう。
そして、ありがとう。はじめの一歩。夢をみながら歩もう。

_MG_6515.jpg





posted by コビータ at 00:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/365695487
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック