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2016年03月28日

黙祷を

"私たちは、パリで犠牲になった人たちに、30秒黙祷した。
しかし、亡くなったシリア人のために、1秒たりとも黙祷を捧げる人がいただろうか。"

3月29日に2018年ロシアワールドカップ出場をかけて戦うサッカー日本代表。

埼玉スタジアムで行われるその試合の対戦相手は、「シリア」である。

冒頭のコメントは、2015年11月17日 
ファジル・イブラヒム(シリア代表監督)のシンガポール戦の後のコメントである。

的を得るような強烈な言葉である。このコメントから読み取れることは

先進主要国である国だけが称賛や喝采を浴び優遇され、
発展途上国がそのような待遇を得ることはほとんどないこと。
人々にとって世間から忘れられることと同時にマスコミに取り扱ってもらえず
状況を発信することすらできないことが一番の屈辱である。

パリ同時多発テロの数日後にウエンブリースタジアムで行われた
国際親善試合フランス対イングランド戦では、黙とうを行い
被害者や被害者家族に対し弔意を表した。
さらに、UEFA(欧州サッカー連盟)はすべての公式戦において
喪章の付けることと黙とうを行うよう指示した。

しかし、どれだけシリアへの空爆や多数の死傷者が出ているという
ニュースを目の前にしても犠牲者に対し弔意を表すことがなく今日まで来ている(機会がなかった)。

サッカー現日本代表監督のハリルホジッチ氏も「ボスニアヘルツェゴビナ紛争」
に巻き込まれ家族とともに非常に苦しみ抜いた経験を持つものとして
両チームともワールドカップ出場を目指した真剣勝負の場であるものの、
今なお増え続けている(増え続けているだろう)犠牲者に対し「黙祷」を
試合前に行うことを日本サッカー協会に要請してもらいたい。

スタメン選手だけでなくベンチスタートの選手、スタッフ、監督全員が
センターサークルを囲み1分間の「黙祷」を行うことを願い次回の戦いに期待したい。
posted by コビータ at 02:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月21日

評価軸

ショ−ンKについて様々なメディアで報道されている。
非常に興味深いなあっと感じており、その理由が2点ある。
 
 1.メディア側が出演者の経歴を確認していない点。
 2.容姿や経歴が良ければその人が言うことを鵜呑みもしくは聞き入る点。

1に関してメディア側は、出演者を出演依頼する際に
その人の経歴を含むバックグラウンドを考慮して
人を選択しているはず。さらに所属事務所などは
経歴を詳細に調べない。もしくは仕事を取れるように
多少なりとも盛っているのか? 今となっては
そのプロセスも分からない。

公の場に出演する方は、虚偽の発言や行為があった場合は
非常にバッシングの対象となり活動自粛へと追い込まれることが
多い。しかし、虚偽は経歴であり発言や活動行為が虚偽でなかった場合は
どうなるのだろうか?
今回、彼は活動を自粛することを決断した模様だが
そのように偽りの姿を継続して演じさせてきたのは
実は、私たち視聴者ではないだろうか?
 
2に関して僕たちの評価軸が容姿や経歴であって
彼のコメンテーターとしての発言は
そこには含まれていなかったんだと。
様々なメディアで後出しで彼について"実は怪しいと思っていた"
"あんまり発言しない"とかコメントされる方がいるけど
人それぞれ大なり小なりで良くみられようと偽証することは
芸能の世界では当たり前であろう。
 それは、俳優、藤原竜也が「サッカーの選抜に入っていた」という
偽証を自白したように今このタイミングで謝罪すれば被害は小さく済むと
思い自白した模様。非常にリスク管理が出来ていると言える一方で
汚いやり方やなあっと感じる。
 結果として、テレビに出演する、仕事を貰うために
利用した経歴偽証は手段としては間違っているものの
何を大事にし何を伝えるのかという評価軸を持っていれば
経歴がどうであれ問題ないように感じるが
そこに説得力が増すかどうかはその人の人となりが
重要になってくるはず。


政治家や公務員のような方がトンチンカンなことを
発言し国民に不利益を与えても謝罪さえすれば
継続して仕事を出来る社会であるのに対し
彼のような方は活動自粛と追い込まれる。
弱肉強食の世界である。 
そして、僕たち一般人は何を見て何を評価軸にして
判断するのか問われているように思える。
政治家や公務員は僕たちが支払った税金で生活を
成り立たせている。その一方で彼らが発言するトンチンカンな
事で不愉快を被ることがある。(それは高学歴であれ経験ある方であれ)

今回の偽証自体は良くはないが
評価軸をどこのポイントに置いて
見るかもう一度考えてもらいたい。




posted by コビータ at 01:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月14日

あの時から

震災から5年が経った今、被災した方々を
フォーカスした番組が放送されたりしている。
しかし、それはある断面でしかなく
本音の部分は良くも悪くも見えづらく
継続的にドキュメンタリーしているのは
ほんの僅かであろう。

僕が足を運んだ女川町は、他の地域と比較しても
復興が進んでいるらしく震災から3年経った時に
足を運んだ際、既に更地へと変貌しており
ダンプカーが土砂を砂ホコリを撒き散らしながら
運んでいたのを思い出す。

偶然、数名の被災者の方と話す機会があり
「震災から3年経ちますけど、どうですか?」
っと尋ねたところ、思いがけない言葉が帰ってきた。
「被災した地域によって復興速度の違いがあること、
完成した住宅にどの家族が優先的に入居できるのか
被災した方々の中にも格差が出てくるだろう」
この言葉は、非常に鮮明に覚えていることである。
目に見えない不安や不満が、今後目に見える形で
表れてくることを示唆しており
あれから2年が経つ今、街は良くも悪くも変貌して
いくが彼らの内面はどのように変化しているのか
非常に興味がある。

このようなことをフェイスブックに掲載したところ
女川出身の写真家、鈴木真弓さんから
「女川は街の復興を優先的に進めており
人口流出を防ぐため魅力的な街作りを
目指して活動している」とコメントがあった。

それと同時に人々の心の変化はどうなっているのか
興味がある。 彼女のように継続的に彼らの生活ぶりを
追っている方はどれぐらいいるのだろう?

posted by コビータ at 04:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月09日

それは突然に

それは、突然やってくるのだと

僕たちは、生まれてから「死」に向かって
人生を歩いている事を改めて思い知らされた。
僕にとっては、馴染みの薄い言葉「ガン」(誰にとっても馴染みの薄い言葉であってほしい)
を耳にしてしまった。 
「転移性腫瘍」と「肺ガン」との併発
そして放射線治療。
ドラマや映画などで耳にしたり目にしたりしたけど
まさか、それが自分の父親から発見されるとは?

年齢的にも生活習慣的にも病気になるリスクがあると
分かっていたものの まさか、「ガン」という重く体にズシリと
響く言葉を聞かされるとドン底へ突き落される感覚に陥る。




posted by コビータ at 13:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする