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2015年10月18日

魅了

人を取り込み、魅了させ、入り込ます術は何だろう?っと
考えたきっかけがラグビー日本代表の選手たちの姿勢や
情熱さらに言えば意外性もあり見事に世間一般の方は
南アフリカ戦での彼らの闘いぶりに魅了されたはず。

スポーツには、エンターテインメント性が少なからず
含まれ観客を虜にする。その一端を垣間見れた瞬間だった。



スポットを浴びるスポーツもあれば、オリンピックや世界選手権、ワールドカップで
好成績を上げて世間にその存在自体を知ってもらうスポーツもあり
それは、様々である。 しかし、サッカー日本代表をみていると
非常に虚しさを感じずにはいられない。 今現在、多数の日本人選手が
海外でプレーしているものの日本代表として試合に出て活躍している選手は
一握り。常に低パフォーマンスでレベルも低く相手が格下であっても
見ている観客が呆れてしまうぐらい結果がついてこない。

このラグビーとサッカーの違いはなんだろう?と考えたときに
重要な単語が2つある それは「情熱」、「伝える」である。
これは、観戦者や受け手側の感情を刺激するか試合内容かどうかの違い以上に
選手の視線や必死さからくる温度が熱いと感じれば感じるほど
受けてはそれに魅了され没頭してしまうのではないか?
先日行われた国際親善試合日本対イラン戦では、親善試合とはいえ
アウェーで戦っており貴重な試合となるはずだった。が、
内容は低調で必死さをTVから感じることはなかった。 根性論ではないが
個人的に一番覚えているゴールシーンは、94年ワールドカップアジア最終予選の
イラン戦の中山選手のゴール。 必死さが伝わるプレー。



このワールドカップに出場しサッカーの知名度、認知度を高めようという
プレー以外の部分の想いが詰まった行動に人の心を動かすチカラがあった。
さらに言えば、それが人に伝染していきポジティブに働いていく。

戦うから闘うというものに変化していく中で観客はそれに
魅了されていくのではないかと感じる。
戦うと闘うの違いは、必死さ、泥臭さ、想いの有無、温度差であり
今現在、ラグビー日本代表は果敢に闘い、次回ワールドカップを日本開催するにあたって
開催するに相応しいチームでありたいという想いも含まれ
結果としてファンを魅了する意外性を試合で出した。
それと比較するとサッカー日本代表は、ただ戦っているだけ。
そこからは何も伝わってこない。
人を魅了するには、必死さを出していかないと
今後は、いくらホームでの試合があったとしても
観客数は激減していくだろう。 

 


posted by コビータ at 08:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月10日

連想

言葉から得るイメ−ジを可視化する能力が
ないのか、減退しているのか?

正直、将来のことについて見えないなか
一歩一歩踏み出していかないといけないなか
実際に目に見える形になるまで
待ってから行動するというのは
このグロ−バル化が進む中で
非常に遅いと思われる。
だからこそ、言葉を聞きながらそこから
連想する将来像を描き、それに基づいて
行動していくことが
非常に大事ではないかなっと。
いわゆる未来予測というのか
例えば、大阪都構想とかね。橋下市長の説明不足は否めないものの
その言葉からどれぐらい将来像を連想できるのか
その連想力というのか立案力、想像力というのか
住民に試されているのではないかなあっと
個人的に思う。 

しかし、一方で連想力や想像力は経済に影響されるのかもしれない。
経済的に余裕のない方々には連想することよりも
現実に向き合わざる負えない。 そのため、いくら政策などが良くても
経済的に負担が増してしまうような事が起きてしまうと拒否反応を起こしてしまう。

連想力x行動力 =将来 
posted by コビータ at 23:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月04日

アイドル_?



アイドルがファンとの交際が発覚し所属事務所から賠償請求を受ける。
先ず、何をもってアイドルと名乗るのかがはっきりと定義出来ないし
事務所やメディアから押し付けられた名称なのかイマイチはっきりしないのが
個人的な印象である。
僕自身、アイドルと言えばと聞かれたら、年代もあるが
80年代から90年代に活躍した中森明菜、工藤静香、WINK、浅香唯とかを挙げる。
ファンを通り越して親衛隊なるものまで出来ていたのも思い出す。
しかし、なぜ彼女らをアイドルとして認識しているのかと
問われれば分からない。
おそらく、若くて可愛らしく未成熟でありつつも頑張っている姿に
自分もあのようになりたいという願望とマッチしたことから
「憧れ」という感情を抱き、さらに親しみやすい
キャラクタ−、口調言動にも愛着をもつことによって
独自のアイドル観を形成していったのだろう。
だからこそ、アイドルに抱く思いはハンパなものではないはず。
自分の気持ちを反映し代弁してくれる存在へ変貌していくなかで
同時に自分のものから皆のものへと変貌していったのだろう。

だからこそ、ファンの応援や心理的愛着を得て初めて
「アイドル」として認識されるものであって
所属事務所やメディアによって押し付けられ形成された
「商品」としてのアイドルは非常に受け入れ難いのが個人の意見である。
アイドルグル−プ「xxx」って枕言葉になって
発信するのはもう時代遅れではないかとまで感じる。







posted by コビータ at 00:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする