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2015年09月06日

あくまで


「写真」「日本の土壌」「言葉」の3点から
今回の世論が動いた、動いている難民問題について
考えてみたい。

僕には大事にしている言葉がある。
普段から常にそれを意識しているかと言えば
それは嘘になる。しかし、要所要所ではその言葉を復唱し
意識して自分に問いかけることがある。
これは、様々な媒体で言われている言葉であり
有名な経営者が語った言葉であったりもする。そのため
決して難しい言葉ではなく誰かが日常から既に行っていることでもある。
「神は細部に宿る」BY元日本代表監督、現FC今治オーナー岡田武史氏が語った言葉
さらに、フォトジャーナリスム雑誌DAYSJAPANの表紙に小さく載っている
「たった一枚の写真が国家を動かすことがある」

特にこの言葉「たった一枚」「細部」っていう普段あまり気にしない
部分に目を向けることがその後多大な影響を個人としても社会にしても
与える可能性がある。それは、ほんと些細な事でもあり重要な事でもある。

シリアから逃れようとギリシャに向けて出発した20人乗りのボートが
強い波に遭い転覆しギリシャ沿岸に打ち付けられる亡くなった子供のたった一枚の写真が
SNSを通じ拡散し多いに影響を与えた、そして与えている。
今まで難民受け入れに難色を示し批判的であった先進国
特にヨーロッパに受け入れを認めさせるある一定の光が差し込み、
ヨーロッパ各国にその判断の是非を問い質す結果となるだろう。

http://jp.wsj.com/articles/SB12096842380967064583604581211692551093796

難民移民受け入れを国際社会から求められている日本では
今回の件についてどのように報道されているのか理解できないが
それでも現在難民受け入れを求めて滞在している外国人の方が
多数いるのは事実である。しかしながら、それについて報道されることは
あまりなく僕を含む大方の日本人は知らないはず。
国際社会からのプレッシャーを含め国際貢献という名のもとに
難民を含む移民受け入れに政府が舵をとるのか疑問に思う。
というのも、今後の日本は人口減少が著しく進むことが
分かっておりそれに伴い労働人口減少により生産性を維持、向上できないと
随分前から言われている。そのため、労働人口を増やすには
移民を受け入れ生産性維持、向上のために不足分をそれに充てなければいけない時期が
すぐそこにやってきている。しかしながら、その事については政府の動きは緩慢である
言わざるをえない。 

そもそも、移民を受け入れるだけの土壌がないこと
さらに単一民族でいたい事が理由として挙がるのではないかと
推測する。 
もともと島国であり鎖国も行ったりと異文化受け入れを積極的に取り入れてきたかと
言われれば答えはNOではないか(一部受け入れあり)

もっと言えば、それは「言葉」に凝縮されているのではないか?
普段何気なく僕たちは外国人のことを略して「外人」と言う。そとのひとがあるのであれば
「内人」うちのひともあってもおかしくはないだろう。
しかし、そのような言葉は実際にはない、もしくはないだろう。
普段気にしないが意外とグレーゾーン好きな日本人であるものの
内と外とに線を引き、2極化し「内人」は良い、好ましい
「外人」、略しであるがよそ者としての差別的とまでは言えないものの
差異がある発言に捉えることもできる。さらに戦争に負け数十年間もの間
アメリカに占領されてきたことから外国人=外人(よそもの)=独裁者
みたいな悪いイメージ、劣等感を感じる構図が無意識のうちに刷り込まれているのかもしれない。 

さらに「難民」という言葉は非常にマイナスイメージを備えており
言葉の如く扱いかいが難しい人達の集団ではないかと「言葉」から
判断してしまう。 日本人にとって「外人」であり「難民」である方を
国際社会への貢献という名のもとに人口減少問題と重ねても
英語ができないとか外国語ができないレッテルを持っている日本人にとって
無意識に彼らへの接触を拒みそのような土壌が育まれている中
彼らが本当に住めるのか?

本音では、受「難民」受け入れ難い民であり、無「難民」問題を起こさない民であって
欲しいと願っている。上記に述べた土壌の中で彼らは日本人にとって
有「難民」有難い民となっていけるのか心配である。 
posted by コビータ at 13:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする