UA-71791293-1

2015年08月16日

終戦って

終戦記念日が今年もやってきた。
しかし、残念ながら今まで僕個人として
あまり何も意識もなく感じず過ごしてきた。
それは、戦争当事者でもなく戦争体験者が
身内にいなかった(いただろうが話す機会がなかった)
ことが一つの理由である。
正直、何が起きたのかそしてどんな残虐な事を日本が犯したのか
全く分からないし教科書で学んだのもホンの数ページだけであったと
記憶する。さらに試験のための勉強であったため
必要な情報特に日付や誰が何を行ったかしか頭に入れず
授業を受けた。その背後に何が起こり時代背景を理解することや
より深く勉強することをしてこなかった。

だからこそ僕個人では、終戦記念日=8月15日=お盆=夏休みの中の一日
という構図が生まれ何か特別な日という意識が働いたことはない
それは、今でも不変的な感覚である。さらに言えば今現在メキシコにいるため
それはより顕著である。
しかし、今年は戦後70年ということもあり安倍政権が70周年を記念して
政府公式談話を出すとか安保法案可決などもあったため
海外からも特に中国、韓国からこの談話について注目を集めていた。

今現在、その発表した談話の是非が問われているが
使われているコトバが適していないだとか
首相個人のコトバで語られていないとか
さまざまな批判的なコメントもある。
しかし、何を基準に批判し称賛するのか
その基準となるものは我々,特に僕個人は持っていない。
その理由は、勉強していない。恥かしながら知らないからである。

戦争についてもそうだが、戦前、戦中、戦後について
日本政府として反省してきた部分もあるが韓国、中国など被害を受けた側の
感情は全く僕たちには理解できない部分まで奥深く刻まれている。
しかし、アメリカから受けた唯一の核被害国として
彼らの心情も日本人として理解できると僕個人として思う。
それは核に関しては完全な被害者であるという見解を持っているからである。
一方でアジアに対しては加害者という微妙な立場であるため
核による被害を大にして言えない部分もあるのも事実。
ただ、核被害者であることからアジア各国の心情をより理解し
ドイツのように戦後70年経っても反省をヨーロッパ各国へ示し続けて
いるように中国や韓国へ反省を示していくべきかと考える。

談話の内容や使われたコトバうんぬんより
それを判断できるだけの土台を今からでも
早急に作り上げることが大事になってくるだろう
学校での学科として、小中学校から勉強し戦争について
自分で答えを出す方法で授業を行ってもらえたら
と個人的に思う。



posted by コビータ at 09:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする