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2015年08月30日

ボイス

最近、携帯がスマホになってからというもの
ラジオを聴くようになった。それは、会社同僚が
朝、ラジオを聴きながら会社に向かっているということを
本人から聞いて特に時事問題にそのラジオのおかげか?
凄く精通するようになってきたのが主な理由である。

僕も同様に時事問題を扱うラジオということで
GOOGLEPLAYからアプリを探して目に付いたのが
「ザボイスそこまで言うか」というアプリ。
http://www.1242.com/program/voice/

コメンテーターが日替わりでその日にあったことを
議論したりする番組である。番組に興味をもったのは
そのコメンテーターたちである。
月曜日は勝谷誠彦氏、火曜日は宮崎哲弥氏、水曜日は有本香氏そして木曜日は青山繁晴氏。
ぶっちゃけ一癖も二癖もあるコメンテーター、評論家であるが
「はっきりとものを言う」ことが非常に好感を覚える。
評論家だけにそれが出来ないのは仕事を無くすことを意味することで
当たり前のように思うかもしれない。しかし、それには非常にリスクが
取り巻いているはずである。特に有名になればなるほど
その発言には非常に重みを増すことから様々な方面からの
批判、暴言をも受けるはずである。 さらに言えばSNSが発達しているこのご時世
伝達は非常に早く進みあっという間に批判は大挙となして攻めてくる。
そんな中、番組を聞いている方はわかると思うが
経験、知識、人脈から得られる情報を「はっきり」とあと惜しげもなく言ってしまう
彼らの姿勢には圧倒される。 

現在、安保法案の是非について番組でも取り上げられるのだが
詳細を知らされていない点が非常に目立つ。その理由として
集団的自衛権の行使の是非が問われ、そこにフォーカスされ
安全保障法案という大きな枠組みの中身の内容がさっぱり
報道されなくこちら側に情報が入ってこない。
集団的自衛権が大きなメインテーマになるだろうが
そこに目を向けている以上、その裏で本来さらに議論しなくては
行けないポイントがあるだろうが なぜそこにフォーカスしないのか
非常に理解できない。
さらにメディアによって出来上がった構図と議会での討論によって
安全保障法案=集団自衛権の是非=戦争へ導く可能性有=戦争法案と
構図を作ってしまったのではないかと考える。

安全保障法案に対して日に日に反対デモ勢力が大きくなっているように
思える。 しかし、先日の放送で安倍首相が直接番組に参加して
コメントしたことや民主党長島衆議院議員のコメントしたことが
しっくりとする。 それは、現実問題として
日本の常識、世界的、国際的な常識から理解できない国が
日本の周りを取り巻いており「チカラによる現状変更と脅威」を行っている
今、チカラによる抑止力は必要になってきているはずである。
集団的自衛権の賛否より、日本を取り巻く国際社会の状況を考えてみると
賛成反対ではなく必要か不必要かの判断基準で物事を進めていかなければならない。
集団的自衛権の是非はあとにしても、安全保障については
真剣に議論して国会で承認を得ていかないと非常に厳しい立場に追い込まれてしまう。
だからこそ、集団的自衛権を別枠で議論を行い
それ以外のポイントを国民に見せる形で議論を行い
法案を可決して進めてもらいたい。



posted by コビータ at 09:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月23日

中国って

中国元の利下げを行い世界に影響を与え
それに伴い、ドル高がより一層進み始めている。
特に9月、もしくは12月には
アメリカのFRBによる利上げが行われるのではないかと
推測されており、それにより今まで新興国へ投資していた
投資家がアメリカ国内へ目を向け始めるだろう。
そのため、新興国からはドルが海外へと流れていき
対ドルの自国通貨が安くなっていってしまう。
それにより、ドル建てでの債券は非常に返済に苦しむことと
なる。

先日、天津港付近で起きた化学薬品が納められている工場から大爆発。
中国政府が情報を統制しているため、正確な情報が掴めていない。
しかし、未だはっきりとした原因を把握できていない状況に
世界は驚きを隠せない。 許容範囲を超えて保管していただの
水と反応すると爆発するような化学薬品に
火災を止めようと果敢に現場に近づき水を放ち
それが原因で火に油を注ぐように爆発を誘導させた消防士の知識、経験不足。
さらに、今さっきニュースがあり違う場所で化学工場にて爆発があったと

モラルやモラルハザードが低い国が世界を大きく変えるだけの
チカラを持つこと自体、あってはならないこと。
以前、中国へ出張したことのあるかたに聞いたところによると
経済は成長しているが人々の価値観やモラルは日本と比較すると
10年、20年ともいえるほど遅れているらしい。 
その人だけが感じたことだとその当時は
思っていたものの今回のことでそれを露呈させてしまった感は否めない。

日本政府が発表した戦後70年談話に対しての批判的コメントについて
個人的には戦時中日本が行ってきた領土を占領することを
そのまま今の時代に行っている国が批判的コメントを出すこと自体
理解に苦しむ。自国の勝手な解釈により南シナ海に領土を作りそこに
軍基地を設置すること、約束を反故し油田開発を進めるあたり
常識、国際的な常識の通じない国(中国、北朝鮮、韓国)が日本の周りにある以上
安保法案を通過させようとする勢いはより増すだろう。
その安保法案に対しても批判のコメントを出す自国の行動を顧みず
他国を支配しようとする図々しさ。 世界からドンドン嫌われる国になるだろう

posted by コビータ at 08:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月16日

終戦って

終戦記念日が今年もやってきた。
しかし、残念ながら今まで僕個人として
あまり何も意識もなく感じず過ごしてきた。
それは、戦争当事者でもなく戦争体験者が
身内にいなかった(いただろうが話す機会がなかった)
ことが一つの理由である。
正直、何が起きたのかそしてどんな残虐な事を日本が犯したのか
全く分からないし教科書で学んだのもホンの数ページだけであったと
記憶する。さらに試験のための勉強であったため
必要な情報特に日付や誰が何を行ったかしか頭に入れず
授業を受けた。その背後に何が起こり時代背景を理解することや
より深く勉強することをしてこなかった。

だからこそ僕個人では、終戦記念日=8月15日=お盆=夏休みの中の一日
という構図が生まれ何か特別な日という意識が働いたことはない
それは、今でも不変的な感覚である。さらに言えば今現在メキシコにいるため
それはより顕著である。
しかし、今年は戦後70年ということもあり安倍政権が70周年を記念して
政府公式談話を出すとか安保法案可決などもあったため
海外からも特に中国、韓国からこの談話について注目を集めていた。

今現在、その発表した談話の是非が問われているが
使われているコトバが適していないだとか
首相個人のコトバで語られていないとか
さまざまな批判的なコメントもある。
しかし、何を基準に批判し称賛するのか
その基準となるものは我々,特に僕個人は持っていない。
その理由は、勉強していない。恥かしながら知らないからである。

戦争についてもそうだが、戦前、戦中、戦後について
日本政府として反省してきた部分もあるが韓国、中国など被害を受けた側の
感情は全く僕たちには理解できない部分まで奥深く刻まれている。
しかし、アメリカから受けた唯一の核被害国として
彼らの心情も日本人として理解できると僕個人として思う。
それは核に関しては完全な被害者であるという見解を持っているからである。
一方でアジアに対しては加害者という微妙な立場であるため
核による被害を大にして言えない部分もあるのも事実。
ただ、核被害者であることからアジア各国の心情をより理解し
ドイツのように戦後70年経っても反省をヨーロッパ各国へ示し続けて
いるように中国や韓国へ反省を示していくべきかと考える。

談話の内容や使われたコトバうんぬんより
それを判断できるだけの土台を今からでも
早急に作り上げることが大事になってくるだろう
学校での学科として、小中学校から勉強し戦争について
自分で答えを出す方法で授業を行ってもらえたら
と個人的に思う。



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2015年08月09日

コトバ

「言霊」、言葉のチカラっていうのを改めて感じさせてくれた。
正直なところでは、言葉、特に漢字の成り立ちから
くる言葉、字の意味を理解することで普段何気なく
書いたり、発したり、使っている字を深い説得力を
持って幅を利かせることができること。
それが「コトバ」である。

「言葉」の葉は、四季を通じ色を変えつつ形を変えつつ再生する
それは、自分が発したことが何れどのような形でも自分に
降りかかってくること示す。
だからこそ、ネガティブな言葉ではなく
ポジティブな言葉を使うことで
状況は変わる。

「命」という漢字を使う言葉は多々ある。
人は、生まれたときに名前を親から
命名される。 名前に命を吹き込む。
人生には「運命」があり
「運命」の中にはやらなければいけない宿題がある
それを「宿命」という。
その「宿命」に対し命を使い果たして臨むことを
「使命」という。
この3つを行ったうえで「寿命」というおめでたいという意味に。
いわゆるこの3つのことを行うことによって「人生を全うする」という
意味になるという解釈。

人生に苦しい事や困る事さらに災いが起きる。
それ自体非常に対応に難しさを感じているはず。
それを人は、「苦難」、「困難」、「災難」と言う。
しかし、このような事がないことを「難しい」ことが無いことを
僕たちは「無難」という。 
しかし、無難な人生には一見幸せそうに見えるけど
生きていく過程、段階で何も起こらない。あっという間に
時間も人生も進んでいく道のりだろう。

そこで、先人は上記に示した言葉「苦難」、「困難」、「災難」ということが
「有る」人生を「有」「難」という示した。「有難う」。
このような苦難、困難があることで何かを学び、学びなさいという風に
漢字に「有難う」と当てはめた。

漢字の本来の意味や成り立ちを理解し
発することがコトバの深みを増し
そして、それを使う人間の深みをも増すものと
捉えることができるのではないか




posted by コビータ at 11:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする