UA-71791293-1

2017年07月02日

蒸し暑い

梅雨の時期を迎え、蒸し暑い日々が続く。

この暑さに慣れるのかが非常に心配している点である。
もう10年も日本の蒸し暑い夏を過ごしていないため
今から既に恐怖を感じている。

posted by コビータ at 16:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月20日

どれだけ


日本に戻ってきた事や日本での生活をどうのこうの
言うのは、もう過ぎた。
今いる環境に感謝しつつ楽しまないと。
そこで今年中にやり始めたい事ややりきる事を
取り上げてみた。

やり始めたい事は
47都道府県に旅する。(1か月に1回のペース)
日本の奇祭を撮る。沖縄を中心に

やりたい事
ベトナムへ行き 民族を撮影する。
韓国へ行き友人に会う
南山大学のキャンパスでのスペイン語講座受講
スペイン語検定DELEC1 11月受験。
メキシコで撮った写真を纏めフォトブックを作成。
カンクンへ新婚旅行
posted by コビータ at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月13日

「生かされる」ではなく「生きたい」


全てにおいて活力がない日々が続き
過去を振り返る事が多くなった僕の中に
ちょっと違った光が差し込んできた。

身体と頭は現状を理解し頭から身体へと
強引にも現状の日本生活に慣れるよう
指示を出し重い歯車を動かせ一歩進み始めた。

「こころ」の部分が未だ落ち着きを取り戻さない
それが活力のなさに繋がっている。

昨日、ちょっとした小旅行を行った際に
「こころ」が何を求めているのかを理解した。

安定、安全、便利であり
満たされた豊かな社会が
「生きている」と感じることを
麻痺させてしまっている。
不便で苦しい環境だが、「生きている、生きよう」
という感覚を視覚、聴覚、嗅覚、味覚を使い
身体全体で実感できない。

そういう環境に身を置きたいんだと。
そして「生かされる」ではなく
「生きている」と感じたいんだと。





posted by コビータ at 21:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月06日

心技体

様々な事があり日本へ帰国となり
1か月半経った今、やっと少しづつ
歩みを進めた感じである。 

身も心も止まっていた自分が少しづつ
目に見えないものの日本社会に流れる
良くも悪くも「流れ」に任せてではないが
流れに沿いながらゆっくり動き始めた。
正直なところで言えば
動かざるを得ない状態であった。
頭と心と体のバランスはかけ離れた状態であったものの
家庭を持つ身となったことで
頭だけは転職へと考え無理にでも
体へ命令を出し続けて動いていた。

しかし、未だ「心」の部分は離れている。

ふわふわした感覚を未だ抱いている。
これは今後も継続して抱いていくんだろうなあ?っと
感じている。 少なくとも今年1年は。

この離れている「心」の部分は時間が解決してくれるのか
それとも何かしら自分で改善していかないといけないの
だろうか? 

「楽しむ」という心構えを持つことで少しづつ改善していくのだろう
さらに「幸せ」のレベルを引き下げ感受性を引き上げれば
より楽しめるのだろう


 




posted by コビータ at 10:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月16日

世界でいちばん美しい村 

写真家、石川梵氏の映画初作品
「世界でいちばん美しい村」を鑑賞してきた。
https://himalaya-laprak.com/

久しぶりに映画館で見た映画で
定員50名のほんと小さな会場で
ありポルノ映画でも
上映してそうな外観であったものの
マイナーで良質な映画を取り扱っており、
また行きたくなる会場であった。

ネパール大地震が起き最愛の家族や親族を
亡くし山岳に住んでいた村も地震による
地盤崩壊によりさらに標高の高い場所へと
移動をせざるを得ない状況へと変貌していく。

山岳民族である彼らの生活は電気もガスもない
狭い空間に身を寄せながら生活をしている。
しかし、そこには「貧しくても明るい家族、子供たちn
無邪気な笑顔や輝く眼差しがあり
お互いが寄り添うようなかたちで生きる村人たち
の姿がある」 

未だ残る古くからの風習、文化、習慣、宗教
信仰心など 独特の世界がそこにはあり
震災で傷つき苦しんだものの
村人たちの絆を感じる温かい村での生活が
垣間見れる作品である。

「村の住民全員が家族である」

未だ残る風習を実際に自分の眼で確かめたいと、
「旅」に出たいと、強く感じたのは
この映画の素晴らしさと様々な要素が
ちりばめられた作品であったと個人的に思う。





posted by コビータ at 21:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月15日

オッサン化へ、またひとつ


脱オッサン化を図ってきたものの
とうとう歳をひとつ積み重ね
40という大台に乗ってしまった。
個人的な見解であるが、誰も歳を取る事は
イヤな事であると思う。しかし、自然の流れで
あるため誰も逆らえない。 

唯一違いを出せるのは、この流れの中に身を任せつつも
何をしていくかで良い(カッコいい)歳の取り方を
していくのだろう。

振り返ると生活の中心は年代ごとに違いを下記のように示し
その時々で夢中になるものにとことんエネルギーを注入してきた。
10代は異性、オナニー、サッカー
20代はサッカー、フットサル、風俗
30代はメキシコ、スペイン語、写真、旅

では、40代またはそれ以降の年代は
どのような事を生活の中心に置いて
過ごしていくのだろう?

40代は奥さん、旅、ブログ、写真
50代は。。。。。。
60代は移住(国内、国外)

50代は思い浮かばないけど移住地を探す旅に
出ているのではないかと考える。
60代では国内もしくは国外への移住を僕個人としては
考えている。海が近く年中温暖な気候な場所が理想である。

40代は、一番は奥さん。 
とはいえ一緒に過ごす時間は限られているものの
何か興味をもった事を一緒に行っていければと
思う。というのもふたりを語るうえで欠かせない
共通の事と言えば「フットサル」だけ。 
それ以外何もない。一般の夫婦はどうなのか分からないが
一緒に何かを体験するカタチが多ければ多いほど
夫婦という関係以上に友人としての関係性が保てるのではないかと
個人的には思っている。 

旅、写真はメキシコで行ってきた事を日本で行う。
月1回のペースで4年の歳月をかけ47都道府県を回る。
また、日本独特のお祭り、奇祭、島の生活や習慣に
フォーカスした写真を撮影していきたい。

 


posted by コビータ at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月01日

昇格


4月となり地下鉄に乗っていると
新社会人、新入生の姿が目につくようになった。
ぎこちないスーツや制服に身をまとい
コツコツと音をたてながら歩いていく様子を
みていると無言のプレッシャーを自分へと
与えているように感じる。

今、ここにいる自分は何者なんだろうと
ふと感じる事がある。
帰国して2週間の月日が経ち
日本でのスピードや快適な空間社会に
慣れてきたところであるが。
カテゴリーで言えばプー太郎である。
バイトをしだしたら、フリーターへ昇格。
ここから一歩一歩踏み出していく。チカラ強く。





posted by コビータ at 14:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月30日

今だけ


足元を固めてしっかりと前を
向いて歩いていく。

先ずは、これが一番しなくては
いけないこと。それからのことは
調整と修正をしていく。

ただ今だけ。。。。。

冒険願望を抑えて

目の前の事に

集中しよう。


posted by コビータ at 20:57| Comment(0) | TrackBack(0) | メキシコ文化、習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月25日

語る


ふたりの間になんとも言えない空気が流れる。

僕にとっては耐えられない空気であり
そこから逃れられないのも事実である。
この目に見えなくどんよりとした空気を
創り出した張本人は僕である。

自分勝手な判断とはいえ、こんなに多数の方に
多大な迷惑をかけたことを今もって反省している。
さらに言えば、彼女だけでなく彼女の家族、親族にまでも
迷惑をかけてしまったのは申し訳なく思っている。

今回の判断の原因について答えとして
話している事は下記の通りである。

1.父親死去。
2.経済的援助
3.現地採用の待遇では養っていけない。
4.仕事の将来性の無さ。
5.将来的保証のなさ。

しかし、すべて後付けである。
本音は別のところにあった。

実はメキシコにてやっていく気持ちが希薄となり
日本での生活を望んでしまったことが原因である。

お互いに他者思考で相手を思いやり、相手がやりたい事を
継続してやって欲しいという気持ちが先にあり
そんな中、自分だけ日本に順応すれば全て丸く納まるという
気持ちが芽生えその気持ちが次第に大きくなり
心の中の大きな範囲で占めていった。
しかし、スペイン語を使い勤務してきた経験を活かしたい
気持ちを捨てて生活できるのか さらに現地採用とはいえ
目の前にある仕事のオファーを無視して日本での生活が出来るのか
不安を抱えていたこともあり、一旦メキシコへ戻ることに決めた。

本心で戻ったわけでないため、メキシコ到着後も
ほんの数カ月前まで普通に生活していたメキシコは
全く違う風景へと変貌したかのように自分の目に映った。
毎日引っ越し準備のため部屋を片付ける
何もしない日々に不安は増大し何度も帰りたいメッセージを
送った。 
しかし、それは自分を不安に陥れるだけでなく
遠い日本で準備している彼女へも不安を陥れる事となり
何度も電話とメッセージでやり取りを行った結果、
ポジティブになったりネガティブになったりを繰り返し
常に精神状態は不安定になっていった。
 
そんな中、父親が余命3カ月と宣告されたという言葉を聞いた際
最初に思ったことが次のことである。

「これで帰れる」 

何かしら、理由が欲しかったのだ。日本に戻る理由を。

その後、転職先での勤務となるものの
将来性のなさが見える勤務先での日々は
不安定な精神状態をより増長させていった。
前職と同様に様々な事にチャレンジできる環境かと
言えばそうじゃない。 
再度、メキシコでの転職を試みるも
駐在員の補佐や通訳など、その先が見えてしまうような
ポジションでの業務ばかりで前向きに取り組めなかった。

全ては自分の精神的不安定と決断に対する責任の欠如が
招いた結果である。 

これからはマイナスからのスタートである。 
がむしゃらに行かないと。












posted by コビータ at 21:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月22日

何がしたいんだ


10年という歳月をメキシコで
過ごしてきた。しかし、今回
メキシコを離れる決断を下した。

しかし、この決断を下す際
どのような影響を及ぼすのか
を全く考えていなかった。

特に奥さんの家族には
多大なご迷惑をかけてしまった。
どういう顔で対峙すれば良いのか
わからないほどである。

自分の行動、言動、決断が
どれほど他者を巻き込むもの
なのかを身にしみてわかり
これが家族を持つことって
いう意味なんだと。

「しっかり」「ちゃんと」っていう
意味として曖昧な表現であったものの
お叱り受けたことは当然であり
厳粛に受け止めたい。

しかし、自分でどう折り合いを
つけて生活していくのか
それが僕にとって悩むところである。

生活のためにやりたい事を
押し殺して生きていくのか
また、お互いの価値観の違いを
どう埋めていくのか
家族を持って生活することって
改めて大変な事なんだということを
感じた。

経済的安定を供給することによって
自分の中の何かを失ってしまうなら
何を失っても大丈夫なんだろう?

そんな事が頭のなかで
あたかも運動会のように
駆け回っている。







posted by コビータ at 13:45| Comment(0) | TrackBack(0) | メキシコ文化、習慣 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする